「人形の誇り」44
喧騒の中を歩く。学院の中とはまた違った活気である。恐らく響く声のほとんどが――若くないと言えば失礼である――大人の物であるからなのだろう。昴にしてみればほとんど初見の物が多い。野菜なのか果物なのか分からない緑色の球体や用途不明の木の棒――棍棒とでも言うのか――、その他農機具のような物などなど。見る物は全てが、“のような物”という括りになってしまう。ただそのどれもが真新しくて、興味深い。この好奇心を抑えるのは容易では無かったので、余所見をしてしまうと通行人と衝突しそうになる。あからさまに自分が悪いので軽く謝罪はするが、ほぼ心が無い適当な言葉だ。
「スバル、なんだかいつもより楽しそうですね」
そんなふわふわした昴を見ていたレイセスが声を掛けた。彼女の目にもそのように見えているのだから、相当顔にも行動にも出ていたのだろう。
「まあ……うん。楽しくないって言えば嘘だな。俺としてはこっちの方が居心地が良いってか……ところでどこまで行くんだ?」
他人の気持ちを汲み取るのはそれなりに出来ているつもりだが、自分がそれをやられるとばつが悪いのか、どこか照れを隠そうと頭を掻きながら言う。勿論行き先が気になっていたのも事実だが。
「……武具屋です」
「んー……武器でも買うの?」
「あの方が使うようには見えませんでしたけどね……」
意外にもレイセスから厳しめの言葉が飛んできた。しかし言う通りだ。グンが何か武器を持って立っている姿が想像出来ない。しかしこの世界の住人だ、何かおかしな武具を持っていても不思議ではない。
「お兄様は使わないよ!たぶん!見た事ないもん」
「お、おう……」
そう。このような事を言わせる人間が武器を手に持とうとするはずがない。本人も戦闘用の人形は作らないと豪語していたし、争いが嫌いなのだろう。しかし、メルタにしろルゥにしろ、グンとどういう関係なのか。うすら怖くて聞けそうにも無いが。
「お兄様……? 誰の話を……?」
「あ、エレナさんには言ってませんでしたね昨日――」
会話に入り辛いのか一行の半歩後ろ、レイセスの姿に隠れるようにして窺っているエレナに説明を。グンという男子生徒に会った事、今はその彼の手伝いでこうして買い物に来ている事。あくまでもメルタとルゥの事は内緒に。
心苦しいだろうが、内密にとも言われているのを思い出して昴は二人の会話を聞き流す。それに何やらエレナは自分の事を気にしているようだし、と聡いのか鈍いのか分からない理由で参加しなかった。
「……こちらです」
メルタが立ち止まる。レンガ造りのような風貌の建物だ。頭上には木製の看板に刻印された達筆な文字。店名だろう。流石にこれくらいなら昴でも察する事が出来た。内容までは無理だったが。
数段ある階段を上がり、戸を開ける。カラカラと小気味良い鳴子が訪問を伝えてくれた。すると奥から随分と威勢の良い、張りのある声で。
「工房マギルキュゼントへようこそ!」