「人形の誇り」43
馬車に揺られる事数十分。これだけでもかなり貴重な経験だが、ここから先は更に真新しく興味深い場所。馬車が停車したのは門の前だった。見上げる程高く、よじ登るのは容易ではない高さ。そもそも取っ掛かりが無いし、登る必要も無いのだが。どうしても違う道を探してしまうらしい。そしてその門前で待ち構えている人影。手には槍、頭には所々が凹んだ見るからに古そうな兜。体にも鎖帷子のような物をぶら下げている。門番だろうか。
「あーい、通行証見せて貰うよー」
その門番の男はしわがれた声でメルタに声を投げる。どうやら中に入るのには通行証なる物が必要らしい。言われたメルタは肩から提げていた鞄から一枚の紙を取り出して渡す。何やら文字がびっしり書いてあったので昴には理解不可能だったが、定期券か何かの役割を果たす物だろうと勝手に解釈。
(随分とアナログだなぁ……仕方ないんだろうけど)
そう言えば、とふと思い出す。ここ数週間――既に昴の体内時計は狂い始めており、正確な時間は算出出来なくなっているようだ――携帯もテレビもパソコンもゲームも、全ての電子機器を触っていない。今までは無いと不安が大きかったが、今となってはそんな事も無く、むしろ至って正常、とでも言えば良いのだろうか。連絡を取れていない事だけが不安の種ではあるが、目に優しい生活ではある。心なしか視力が上がった気がしないでもないような。
そのような錯覚に囚われていると再び馬車が動き出したではないか。不意を付く揺れに昴は軽く驚き、しかもメルタの体に頭をぶつけてしまうという大失態。気を抜き過ぎるのも玉に瑕だ。
「す、すみません……痛くなかったです……?」
変わらず表情の少ない端整な顔を覗き込む。すると首を傾げるようにしながら彼女は答えた。
「……いえ、むしろ大丈夫でしたか?」
「え、ああ俺は大丈夫だよ」
「……それなら良かった」
一瞬当たっただけだがそこまで“硬い”とは感じなかった。もっと触れれば人間との違いとやらも分かるのかもしれないが――
「何を考えてるんだ俺……」
どのタイプの思考についてかは定かではないが、そんな独り言を口にする。
門を潜って町に入ると、そこは想像以上に活気のある場所だと感じさせられた。高い建物などは一切無いが、目の前の通りには露店のような店が道を挟むように所狭しと並んでおり、至る所で威勢の良い声が響き渡っているではないか。一体何が売っているのだろうか、と昴が軽く身を乗り出そうとするとそれを阻止するかの如く馬車が方向転換。細めの路地へと向かうではないか。
「っと……どこ行くの?」
「……先にこの馬車を置いてから、買い物です」
「そっか車のまま移動しないもんな。当然か」
謂わば駐車場へと向かっているらしい。当然の理屈である事を理解し、変わらずメルタの運転に身を任せる。町に到着してからというもの、後ろの三人も楽しそうだ。彼女達も楽しみにしているのだろう。ならば、自分も楽しまなくては損である。