「人形の誇り」42
車を待たせてある、とメルタは言った。昴はこの言葉に心を躍らせたが、目の前に現れたのは予想とは違う物。確かにこれも車なのだろうが。
「馬じゃん!」
門の向こう側、恐らくそこからは学院の敷地ではない場所に鎮座しているのは、昴の言うように馬車なのである。そう言えばここに来るのに乗って来たな、と古い記憶のように感じてしまう。しかしその時はホルセとかいう謎の毛むくじゃら生物に連行されたが、今回は違う。この姿は昴も見た事がある。
「ホルセを持ち出すのはなかなか目立ちますからね」
「そうなのか?」
「ほら、見た目がですね」
「あー」
「可愛いので人が集まってくるんです!」
「うん……?で、馬?合ってるっぽいけども……もういいか……」
まるで馬が可愛くないとでも言うのではないかと思ったが当然そんな事はなく、二頭の鼻先を撫でてからレイセス、エレナそしてルゥが乗車。昴はというと。
「……」
悩んでいた。引かれる車の方には既に三人の女子が乗り込んでいる。ここに自分が入るべきかどうか。何の気なしに、多少の邪な気持ちを持った男子として乗るのは簡単な話である。出来るのならそうしたい。珍しく本音が出る。しかしそうも言っていられない強い事情も。
「あ、メルタさんはそっちなのね」
「……そうですが」
馬車を操縦するのは彼女らしい。慣れた動作で颯爽と運転席へ。手綱を用意し、出発を待つのみとなった。
「俺もこっちなんだろうなぁ。無難を選ぶならさ」
「……乗りますか?」
「うん」
「そっちに乗るんですか?」
二人が乗るには少々狭いのかもしれないが、それでも昴は運転席側を選ぶ事に。車であれば助手席だ。頭の横にある小窓からはレイセスたちの声が降り掛かっているが、やはり後ろの狭い空間は危険である。この判断が正解だ、と割り切って考える事に。
「むぅ……残念ですけど……」
「俺が居たら狭いだろうよって事さ」
「……では、出発しますがよろしいですか?」
「はーい!」
各々声を挙げたが一番元気が良かったのがルゥだった。やはり外に出られるのは楽しい事なのだろうか。
ゆっくりと、馬が歩き出しすぐに早足に。肌に風を受け、地面の振動に揺られ。学院の周りには何も無い事が離れていく事で分かる。一面の緑が敷き詰められた大自然だ。その中に異質に聳えるのが学院。妙な威圧感さえある。どうやら通り道だけは草が刈られているようで、地面が剥き出しに。車輪に絡まるのだろう。
発見はそれだけではない。周りの木々に生る色鮮やかな実や花。飛び交う鳥もどこか似ているようで、似ていない。決定的な違いは分からないが。本当に違う場所なのだ、と実感させられる。複雑だ。実に、複雑だ。
背中側からは何やら楽しそうな会話。そこには混ざろうとはせず、昴はただ嘘のような景色を見詰めるだけだった。たまには頭を空っぽにしてしまうのも良いだろう、と。