「人形の誇り」41
外に出る。強めの日差しが目を突き刺そうとするが、睨みつける事でそれを回避――細くして下を向いただけである――。すると近くの花壇には人影。昴に気付いたのかどうやら手を振っているようだ。ここで待ち合わせをしていた記憶はないのだが。
「いっつぅ……」
近付く影も視界に入った。見失うとほぼ同時、下腹部に鈍痛。予期せぬ攻撃によろめきつつも倒れる事はしなかった。微妙な痛みの原因はどうやら張り付いている物体のようである。
「おはよう……随分熱烈な歓迎だな……」
「うん!おはよ!あのね、お姉ちゃんのベッドすっごく広いんだよ!部屋も!」
「だろうなぁ……なんとなくわかるぞ」
「見た事ある?」
「無い。そもそも女子寮に男子は入れねえって噂だしな。余程の事情が無い限り入りたくもないぜ」
昴に突進をかましたのはルゥだった。見た目通りの幼い子供のように抱きついて、それからそれから、と話題を探しているようだ。人懐こいのである。
そんな朝からテンションの高いルゥを動かしながら、動かない人影へと進む。そこに居たのはレイセスとメルタ。それから――
「おはようレイ。とメルタさんと……どちら様……?」
――その二人の背後に隠れるようにしている女子。桃色の髪が特徴的である。明らかにこちらを窺っている様子。察するにどちらかの知り合い、という事なのだろう。しかし何故隠れているのだろうか。
「おはようございますスバル。ちゃんと眠れました?」
「寝た事は寝た。眠……くもないかもしれない事が無きにしも非ず……で、誰なんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」
お辞儀をして会話に入ろうとしたレイセスなのだが、昴は誤魔化せない。ならばもうこうするしかあるまい、と隠れている人物を引っ張り出そうと後ろを向いて小声で話し掛けている。
「エレナさん、呼ばれてますよ!自己紹介しないとです!」
「まだ心の準備が……」
こちらは作戦会議中。
ただ突っ立っていても仕方ないと思いじゃれ付くルゥに構いながらメルタへと声を掛けた。
「あのメルタさん」
「……なんでしょうか」
「今日は何をしに行くんですかね」
「……旦那様に言い付けられている商品の購入へ向かいます」
「ふーん……旦那様……?」
聞き流した方が良さそうな文言が現れた。グンの趣味がどういうものなのか、触れてはいけない部分なのだろう。その機微を察した昴は今の発言は無かった事に。
「出来ないけど……まあいいか」
「……そろそろ、向かおうと思うのですが」
「ああ。俺もそうしたいんだ」
「ルゥも!」
相変わらず二人を待つ状況なのだが、そろそろ決着が着きそうだった。
「すみませんお待たせして……もう大丈夫です!……大丈夫ですよね?」
「は、はい……」
蚊が鳴くような細い声。細いながらも震えているではないか。これは緊張の色だろう。しかし何故、と考えたがどこぞのお嬢様であるはずだし、そのくらいは当然なのだろうと割り切る。意外と自分も適応出来ているではないか、と少し自慢気。
「あの!私、エレナ・ジャン・ヴラーヴ!と言います!今日はよろしくお願いします!」
一息に。大声を出す必要も無かっただろうが、それでも最初の一歩は踏み出せたのだ。ならばこれで正解のはず。
「ん、よろしくエレナさん」
そんな気持ちなど露知らず、昴は当たり前のように軽い挨拶。これも当然の行動なのだが。