「人形の誇り」39
朝食も摂り、後は出発の時間を待つのみとなった昴は机に向かって作業中。まずは昨日セルディから貰った怪しい人リストの整理。字は案外綺麗なのだが学科やら学年やらがバラバラなのである。そういうところが大雑把と言うかなんと言うか。それを丸や三角など記号で割り振っていく。名前はどうも読めそうにないが、それでも学科は分かった。その内突撃しよう。
それが終わると続いて念の為の試験勉強を――
「あーやめた! テスト前にやる! 今はやらない!」
――諦めた。どうせまだ延期状態なのだ。ならばやってやる必要も優先度も高くはないだろう。今は、いらない。いらない、のだと思う。
「今日はこれから出掛けるってさっき言ってたけど、どこに行くの?」
自身の机で恐らく勉強をしていたらしいカルムが声を掛けてくる。
「俺も良く分かってない。ただ外に出るってのは聞いてる」
「外? 学院の?」
「うん」
「……申請、してないよね」
「あ? マジで? そんなのあるのか……めんどいなあ」
帰ってきてから眠りについてしまった昴はそのような手続きをするなど当然頭に無いし、そもそもそのような事が必要であるのも初耳である。そして他にも疑問が湧いた。
「あとさ、外出る時って制服じゃないとダメな感じ? ってか制服しかないんだけどさ」
「んー……外に出るまでは結構厳しいかもしれないけど、やっぱり出ちゃえば皆好き勝手……って言うと怒られるかもしれないけど。とにかく外ではそんなに気にしてないみたい」
「なるほどなぁ……そもそも部屋着もほとんど無いってのはこれ結構面倒だし……いくらか持ってって買うか」
昴が貰った部屋着数着はどうも高そうで着心地が悪い。我儘なのだがそれでもある程度自分の身の丈に合った物を着たいのだ。それと自分の好みの物を。
「あ、でも制服着てないと庇護が弱くなると言うか……」
「なにそれ」
「ほら制服着てれば学院の生徒だってなんとなく分かるけど、着てないと町の人なのかなって思われるし、何かに巻き込まれても学院は守ってくれなくなったり。あとは割引の証明にもなるよ」
「学割あんのな……」
仕方ない。それでは大人しく制服を着ていくのが正解だろう。カルムは庇護の話をしているが、制服とは言わば身分証明。大仰に言えば学院を背負っているのと同じなのである。ならば下手な事はやらないだろう、という学院側の保険もあるはずだ。自身の経歴に傷を付けようなどという浅ましい考えも起こさないはず、と。
「しゃあないな。とりあえず先に申請とやらをしておくか……ケンさんのとこに行けば良いんだな?」
「うん。居なければ他の人が請け負うと思うよ」
「オッケー。さっさとやって終わらせちまうか」
そう言って立ち上がる昴。手元には巾着袋に似た財布。最近はある程度の小銭――金貨銀貨の類ではあるのだが単位が分からないので昴にとっては小銭という大まかな括りなのだ――を持ち歩くようにしている。学生は出費が多いのだ。
「あ、そう言えば」
「ん?」
「さっきは何してたの? 何か前見たいな難しい字で書いてたけど」
「あぁ……まあ暇潰し。いつかのその時のために、な……そんじゃ行って来るよ」
受け答えは適当に。何か隠さ無ければならなかったのだろうか。流すようにして昴は部屋を後にした。