「人形の誇り」37
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「ルゥちゃん結局起きませんでしたね……」
ちょうど食事前の事だった。急に眠気が襲ってきたらしいルゥは眠そうに目を擦りながらベッドへ向かおうとしていたのだ。足取りも覚束無いので誘導してやり、柔らかいベッドに寝かせてやるとそのまま眠ってしまった。
食事も一応残してはおいた――残さないでルゥを放置するのはエレナへ不信感を与えてしまうと思ったためでもあり、ルゥが食事を必要とするか分からなかったからである――。
そして今に至る。夕食を終えた二人が来ていたのは大浴場。
各部屋にも浴室はあるのだが、湯量や温度の調整、使い過ぎるとお湯が出なくなるなどの不具合が発生するのが嫌なのでこちらに来る事が多いのだ。しかし、ここに住まうは名立たる家のお嬢様。ほとんどがその苦難をあえて受け入れ自室の風呂を使っているようだ。当然そこには恥ずかしさなどもあるようだったが。この二人はそれ程気にしていない、と言うよりも広い方が良いという理由である。ほぼ貸切状態にまでなる浴場に人影は疎ら。いつも通りだ。
「そうですね。子供なので疲れてるのかもしれないですし」
「確かに少々歩きましたから……明日元気に起きてくれれば大丈夫です」
「あら、明日はどちらに?」
髪が湯船に浸からないようにするのはこの世界でも共通らしく、長めのレイセスはタオルで髪を纏めている。エレナは長さ的には問題無いように思えるが、他の女子生徒も纏めているので恐らくそういうしきたりか何かがあるのかもしれない。
「少し街の方に……」
「街ですか? 確かに試験は延期になりましたけど……大丈夫ですか?」
「うーん……御使いのようなものなのですぐ戻れるかと思いますし」
「御使い……」
姫様を使い走りにするなど聞かれたら大変な騒ぎになるだろうが、あくまでもどこぞのお嬢様の設定だ。それでもなかなかのインパクトがある事案には違いないのだが。
「あ! そうです! エレナさんも一緒にどうですか? 気分転換になるかもしれないです!」
特に沈んだ様子など見せていなかったはずだが、とエレナは首を傾げる。確かにここ数日は日夜試験の勉強に勤しんでいた事は事実。それでも適度な息抜きをしていたのは彼女も知っているはずだが――
「私は……特にお買い物も必要ないですし……」
「大丈夫です! 私もないです!」
「え……?」
尚更分からない。何を思って彼女が自分を誘っているのだろう。用事も無いのに外に出るなど――外では学院からの庇護をほとんど受けられないので危険もある、という気持ちが多いのだが――ハードルが高い。
「行くと良い事があると思うので!」
「ぅー……」
「行きましょう! ね!」
まるで子供のようにはしゃぐレイセス。それに加えてお湯を掛けて攻撃をするのだ――タオルを巻いていない体が晒されているのも気にせず――。了承しないとその手を止める事はないのだろう。目も開けられないような連撃の中、エレナはこう答えるしかないのである。
「わか、わかったからやめて……行く、行きます……!」
「本当ですか? 良かったです! きっと喜びますよ!」
びしょ濡れになった顔を拭いながら力なく笑う。隣に座っている彼女はどうしてこうも不思議な魅力を感じるのか。あからさまに嫌な事をされているような気がするのに、まったく嫌味を感じない。
そこにあるのが屈託のない柔らかで、真っ白な笑顔だからだろうか。
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