「人形の誇り」35
同室の彼女の名前はエレナ・ジャン・ヴラーヴという。国の東部、国境に接する要所ドルエント領主の一人娘で、レイセスと同い年。彼女も総合学一科の生徒であり、気の置ける友人だ。
しかしそれでもこの国の姫である、という事実は伏せている。いつか、時が来たら真っ先に話そうとは思っているのだが。
そんな彼女は今、いつものように趣味である手芸に勤しんでいるようだった。白を基調とした広い部屋――当然の事ながら他の部屋よりも若干広めに作られてあるようだ――の中に、小さく咲くような桃色。それが彼女の持つふわふわとした肩の辺りまである髪の色であり、本人の好きな色の部屋着である。
「あ、お帰りなさい。今日はどちらに……あら?」
見た目通りの優しい声色とゆったりとした喋り方で。作業の手を止めるとレイセスへと向き直る。小首を傾げつつ、右手を頬へ。困ったように笑いながら彼女は言った。
「いつの間に子供を……?」
「違います! 言うと思ってましたけど!」
「はじめまして、名前はルゥです! えーっと……八歳くらいです! 遊びに来ました!」
顔を赤くしてエレナに反論するレイセスには目も暮れずルゥが自己紹介。自分で考えて話せるようにした、というのはこういう事だろう。今ここで必要な事を判断してそれを言葉にした。少々察しが良過ぎる気もするが。
「あら礼儀正しい子なのね。こっちに来る? お人形作ってるの」
「うん、見たい!」
「はーい、どうぞ」
レイセスの手をぱっと離してエレナの元へ走り寄るとそのまま膝の上へと座ってしまう。彼女も嫌な気分ではないようなのでほっと胸を撫で下ろす。ルゥを受け入れて貰えたようで何よりだ。
「それでレイシアさん。この子は?」
「えっと理由あって……あれ、何日くらい滞在するのか聞いてないんですけど……とにかくここに泊まらせてあげたいんです。良いですか?」
「ええもちろん。子供は好きですし。話し辛いのであれば理由は聞きませんわ」
「そうして貰えると……ありがとうございます」
「良いんですのよ。私とレイシアさんの仲ですし。……私はてっきり……いえ」
言いかけて、止まった。しかも小声だったので唇の動きで何かを言っていたのは分かったのだが、ここでわざわざ追究しないのがレイセスの性格である。
「ところで、今日の分を教えて欲しいのですが」
「今日もですか……? そんなに毎日聞くようでしたら自分でお話してみては……」
話しながらルゥを撫でながら、更には手芸まで同時にこなす見た目に反して器用な彼女なのだが、何故かこの事柄に関してはかなり奥手で、レイセスの話を聞くばかりなのである。
「私から話し掛けるだなんて迷惑じゃないでしょうか……!?」
「そんな事は無いかなって思うんですよね……」
「でも、ですね……まだお話するのは早いような……!」
「うーん……」
「? 何の話をしてるの?」
二人の着地点の見えない問答を頭の上を掠めるのが気になったのか、人形遊びを止めてエレナの大きめの胸に頭を預けながらルゥが言葉を投げた。
「それは――」
詰まるエレナ。しかしレイセスはと言うとほとんど気にしていないようで。
「エレナさん何でかわからないんですけど毎日のようにスバルの動向を聞いてくるんです……」
本当に何故なのか分かっていないようである。