「人形の誇り」34
レイセスの部屋は最上階の一番広い部屋――本人の希望があった訳ではないが、意図せずこのような状態なのである。本人は気付いていないようだったが――。恐らくは男子寮よりも豪華で幅の広い階段をいつものように上がっていく。普段であれば一人なのだが今日は違う。
「ルゥちゃん、疲れてないですか?」
跳ぶように隣を歩くルゥが一緒なのだ。
「うん! あんまり疲れないようになってるから!」
彼女の言葉で思い出すが、普通の子供とは違ってほんの少し歩いた程度では疲れない、そもそも疲労という感覚は持ち合わせていないのかもしれない。しかし、どこをどう見ても人間なのである。人形遣い、というのは自分には到底理解出来ないとてつもない技術を有しているのだろう。
そんな果ての無い考えを巡らせていると自室を通り過ぎていたようだった。悟られないように、と思いつつも過ぎてしまった事には変わりない。落ち着いた風合いの扉の横には部屋番号と名前が彫られた銘板。そこで再び頭に過ぎる不安。
「また何も考えてませんでした……」
扉の前で立ち止まるレイセス。それを斜め下から不思議そうに見詰めるルゥという構図。袖を何度か引かれているのが分かるのだが、どうしても中に入る踏ん切りが付かない。と、いうのも理由がある。
レイセスの意向でもあり、学院側の意向でもあるのだが、ここはなんと相部屋なのだ。
身分を隠しているし、下手に一人部屋を用意しても無用心。更に自分だけ広い部屋を独占するのも他の生徒に申し訳が付かない。学院側の考えとしては生徒は生徒で、出自も家系も身分も関係なく接するべき、というなるべく平等性を持たせたい部分があるのだ。
だからこそほとんどの寮では相部屋を用意。それが気に食わない、理解出来ない、警護が難しいから、など様々な思惑と利権によって学院の敷地内に『個人の家』を建てたりする。それを容認しているのも学院なのだが。そこにも様々な事情があるのだろう。
「うーん……」
だからこそ、レイセスは悩んでいるのだ。相部屋である彼女が理解して貰えない相手ではない事は確かなのだが、如何せんそれなりのお嬢様。失礼をしてしまわないだろうか、という不安がある。勿論ルゥがそのような事をするとは微塵も思っていないが、小さい子供が苦手だという場合も考えられるし、家の事情で知らない子供を上げる訳にはいかない、という場合だって存在するのだ。
ふと、昴が居たらもう少し考えて貰えるのかな、という甘い考えが過ぎったが――
「私もしっかりしないと、です……!」
――頼るばかりではいけない、と思い直す。ならばどうするか。答えは彼女にはあまり慣れない方法で導き出される。
考えるよりも行動。扉に手を掛けてゆっくりと開ける。そうする事で何かしら新たな道が開けるかもしれない。
「ただいま戻りましたよ、エレナさん」
努めていつものように明るく。同室の彼女に声を投げるのだった。