「人形の誇り」33
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「あー……くっそ疲れた何だこれ……」
自室に戻った昴は到着するや否や上着と靴を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。カルムはまだ帰って来ていないようで、今は一人。静寂の中に沈む。眠気がある訳でもなければ熱がある、という訳でもない。ただ全身が怠いのだ。頭の先、否、頭の中から足の先まで、全身をくまなく駆け巡る疲労感。そこまで頭を使ったはずではないのだが。
「これも魔法の影響ってか……」
肉体強化の魔法。レイセスが得意なそれは文字通り肉体を強化するものなのだが、それはあくまでも一時的なものであり、人間の力の限界を超えて肉体を使用出来るようにするという魔法なのだ。つまり限界を超えた状態で過ごす事がどれだけ自分の体に負担を掛けてしまうかというと、考えたくも無い。この世界の人間はほとんどが魔法の素質があり、耐性を持っている故にある程度は制御も可能なのだとか。だが昴にはそのような事は不可能。受けたものを受けたままに使うしかないのだ。その分、代償も多い。
「……寝れば治るかな」
相談して解決するのは容易いだろう。レイセスに声を掛けて、どうにかして貰うのが手っ取り早く確実だ。しかし、昴は頑なにそうしようとはしない。何故なのだろうか。
「んー……心配させるし、何よりカッコつかねえもんなぁ……」
弱い部分はなるべく見せたくない。誰にも見られていない内に克服したい、それが本音だ。目を閉じ、大きく息を吐く。ともかく、今は休もう。明日に備えて寝ておくのが一番だ。休息も重要。
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レイセスとルゥは手を繋いだまま女子寮に。ふと、レイセスは気付く。このままルゥを連れて行くのは規則に引っ掛かったりしないだろうか、と。大きく、煌びやかな門の前で立ち止まり、考える。
「どうしたの?」
「あ、いえ、何でもないですよ。行きましょうか」
「うん!」
門を潜る。見慣れた室内。奥には自室へと続く階段、右手には警備と管理を仕事としている少々厳しい女性たちの部屋。所謂管理室である。素通り出来るのならそうしたいものなのだが、往来を確認出来るようにしっかりと窓が取り付けられており、当然の事ながらレイセスは見付かってしまうのだ。渋々――態度には出さないが――小窓の元へ。
「レイシアさん?その子は?」
「えっとですね……」
「妹です! 親戚の!」
「え?」
言い訳など考えていなかったが故に言い淀んでしまったレイセスにすかさず助け舟を出したのはルゥだった。身長が足りないので窓枠に手を掛け、背伸びをしながら言う。
「そうなの?」
「ええっと……はい、そうです……」
「申請は……してないみたいね。はぁ、今回は特別ですよ」
「良いんですか……?」
嘘を吐くのは心苦しいが仕方ない。せっかくルゥが機転を利かせてくれたのだから、乗らない手は無い。
「ええ。小さい子を返すなんて酷い事はしません。ただその代わり、次からは申請してから呼ぶようにしてくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
普段は厳しいな、と思っていた彼女だったが融通の利く女性だったようだ。これから接し方が変わるかもしれない。