「人形の誇り」24
棟と棟の間を迷い無く突き進むセルディの後を追っていく事数分、漸く足が止まった。ここに目当ての人物が居るようだ。何棟かある内の一番端、とでも言えば良いだろうか。他の棟とは違い、妙な清潔感を醸し出している。それもそのはず、この棟以外はあまり手入れが行き届いていないのか壁面に蔦が蔓延っていたり、大きな黒い染みが残されたままだったりと無法地帯のような状態なのだ。周辺の道だけは整備されていたが、ほとんど使われないからなのだろう。
「……ここまでは案内する。こっからは恐らく、オレは入れないからな」
今度こそ、と二人とは別の方向に歩き去ろうとするセルディ。どうしたのだろうか。グン・クリージュという人間が苦手、という訳でもなさそうだが。
「何でだ? せっかく来たんだし」
理解が及ばない昴。その発言に対してレイセスも無言で数度頷く。
「一応、念の為、だ。オレも中に居るだろうあいつも人形遣いの家系だ。……知られたくない事くらいはあるだろ。毛嫌いされてるかもわかんねえし」
「あー同業だからって事な。なるほど……まっ、とりあえず居るかどうかだけ確認しようぜ」
「めんどくせえな……」
言うが早いか既に昴は戸の前に。他の棟と同じような作りではあるが、色が若干違っており、中央には家紋と思しき紋様。これならわざわざ一個ずつ開けていく必要も無かったではないか、と唇を尖らせながら金属製の戸を叩く。
「誰かいますかー? おーい」
揺れる戸。傍から見ていると割と強めである。何回か叩き続けた所、漸く反応が。まるで昴の世界にあった襖のように滑らかに、音も無く開かれたのだ。そして目の前に現れたのは――
「……どちら様でしょうか?」
――美女だった。昴やセルディよりも身長が高いようで、軽く見上げるような体勢だ。学院の生徒ではないのか、肩から足元までを覆う紺色のドレスを身に纏っている。微かな陽光を受けて艶やかに煌めく流れるような黒髪、切れ長の瞳にはミステリアスな光を湛え、体のラインを前面に押し出しているドレスのお陰か、否、それが無くてもわかるであろう女性的なスタイル。アンリの“それ”もなかなかの大きさだったが彼女も――
「あの! こちらにグン・クリージュさんが居ると伺ったのですが!」
すっかり見惚れている男子を目覚めさせる為か随分と大きな声で所在の確認をするレイセス。昴を戸の前から引き剥がしながらである。
「……ええ、こちらに。どうぞ」
一拍置いてから、悩むようにして三人を手招き。
「オレも行くのか?」
「せっかくだしな。入っといて損は無さそうだぜ?」
「だな」
妙なところで気が合う二人。小声での僅かなやり取り中、視線はいったいどこに注がれていたのだろうか。男子なので仕方ない、という事にしておくべきである。