「人形の誇り」22
まずは一棟目。冷たくなった取っ手に手を掛け引く。
「開いてない……」
「鍵が必要なんでしょうか?」
「わざわざ借りに行くのも面倒だなぁ……んー」
動かない戸を揺らしながら中を覗く。しかし中から光が漏れている事も無ければ音も聞こえない。つまりここは無人、のはず。断言出来ない辺りが辛いものだが。
「次か……あー携帯ありゃあなぁ……」
出鼻を挫かれたせいで既にやる気を失ってしまった昴。連絡さえ取る事が出来ればもう少し楽が出来たはずだ。しかしこの世界には残念ながら通信機器の類も存在しない模様。離れてみて実感するインターネットの便利さ、というやつだ。
芝の上を歩き隣の棟へ。溜め息と共に取っ手に手を置くと、今度は軽い力で開く。開いてはいるのだが。
「ここにも誰も……いないみたいですね……」
真っ暗闇の室内を見渡すレイセス。すぐに振り向いて首を振る。また外れなのである。たかが二回目、昴の性格であれば諦める事などせず次にも突入するだろう、と思うだろうか。
「明日にするか? ってか明日って授業あんの? そう言や何も聞いてねえな」
棟の数、広さ、現在時刻を考えての発言だった。正確な時間は相変わらず掴めて居ないのだが、体内時計では元居た世界と然程変わっていないはず。昴の寮では門限が無いのだが女子寮はある、と耳にした事があるのだ。レイセスだけでも帰しておくべきか、と。
「どうしましょう?」
「……なんかこう、人探す魔法とか無い?」
「え……私には思い当たらない、です……」
「うん。無茶言ったなって思った」
腕を組み、天を仰ぐ。空には若干の宵闇が手を伸ばしてきているところだ。頭が働かない。やはり今日はもう撤退しておくべきなのだろうか。
最適、最良、最善。昴の頭の中でぐるぐると回るのはクエスチョンマークだった。これ以上思い付く事は無い。エネルギー切れである。
「んー……ここまで来といて癪だけども今日はもうやめとくかなぁ……」
開けたまま忘れていた戸を閉めながら言う昴。しかし、そんな時だった。背後から声を掛けられたのは。
「こんなとこに居たのか」
「おおセルディじゃん。どしたん?」
「どうした、じゃねえよ。せっかくオレが歩き回って話聞いてきたってのによ」
振り向くとそこに居たのは不機嫌そうなセルディだ。友人二人は連れていないようだ。その手には一枚の紙。何やら書き込んであるようだったが、読み取れなかった。
「とりあえず、人形遣いの名前と学科な。赤線引いてるのは今日の試験に出てなかった奴と最近授業に出てない奴と、個人的に怪しい奴だ。オレとモルフォの名前は入ってねえ」
投げるように渡された紙にはびっしり、とまでは言わないが数十名の名前が連ねてあるではないか。意外にも字が綺麗である。そしてセルディの言うように線で強調されているのが数名。
「はぁー……お前ら仕事速いな! すげえよ! やるじゃん!」
「あ、この人がグン・クリージュっていう方ですね……線は引いてないみたいです!」
「じゃあ安全って事か? よくもまあ半日も掛けないでここまで……」
「当たり前だろ。もっと褒めても良いんだぜ。オレを誰だと思って……ぇ?」
二人の反応に満足げに誇るセルディだったのだが、疑問が頭を過ぎった。二人、居るではないか。誰だろうか、と首を傾げながら視線を送る。