「人形の誇り」06
顎を抉るような鋭い一撃。しかもここ数日で戦闘スキルもそれなりに磨かれており、体の感覚もある程度慣らされている。その知識に上乗せされている強化魔法。拳は鋼のように硬く、伸びる腕は炎のように熱い。自分でも最高だと思える一撃だった。
相手もこの至近距離で、この速度で打ち出された拳に反応が追い着かなかったのかほんの少しだけ体を反らすだけ。それくらいの行動しか出来なかった。
もし、この拳を受ける相手が人間だったら恐らく昏倒だけでは済まされなかったのかもしれない――この世界の住人ならばもしかすると耐えてしまうのかもしれないと思えてしまうのだが――。それ程までに凄まじい衝撃。
突き刺さる昴の右手。自身の腕にまで痛みが襲い掛かってくる。
「やっぱり、そうだったのか……!」
躊躇も容赦も無く顔面へと撃ち込んだ。それはある意味確信を得ていたからでもある。仮面はすっかり亀裂が走り、瞬く間に砕け散った。その下に隠されていたのは青銅のような色をした無機質な顔。凹凸は少なく、辛うじて鼻のような部分があり、両目には漆黒の穴。それ以外は何も無かった。人形と呼ばれる、命の無い存在。
ただ、どうやら昴はやり過ぎてしまったようだ。仮面を砕いただけでは拳は止まらず、そのまま頬へとめり込んでしまう。
「あっ……」
危うく顔ごと吹き飛ばしてしまうのではないかと思う程だ。突き抜ける前にどうにか急停止。そしてゆっくりと引き戻す。するとどうだろうか、まるで生気が抜けてしまったように昴に凭れ掛かってくるではないか。
「……終わったのか?」
「スバル! 大丈夫ですか!」
その様子を遠巻きから確認していたレイセスが心配そうに駆け寄ってくる。昴も行動を停止したと思われる人形を抱きかかえるように地面へ。
「ああなんとか……でも、こいつどうすりゃ良いんだろ」
大きく陥没してしまった人形の頬。人間なら大怪我である。否、怪我で済めば僥倖だ。片膝を突いてその体を触ってみる。人のそれとは違う堅さと冷たさ。
「人形、だったんですね……」
「レイも知ってるのか?」
「はい。クレイ家が最大勢力として人形遣いを輩出しているんですよね。でも、どうしてその人形がこんな事を……?」
「誰に聞けば答えが返ってくるんだろうなぁ、これ……とりあえず運んだ方が良いのかな」
体内にはまだ渦を巻くような熱が残っている。人形は重そうだが、今ならば容易いだろう。
「そう、ですね……教員棟に向かうのが一番でしょうか」
「外に出てるのバレたらバレたで面倒な事になりそうだよなー」
犯人と思しきモノを捕まえた――この場合倒してしまったと考えるべきか――のなら管理出来そうな人間に明け渡すのが正しい選択のはず。それからどうなってしまうかは分からないが、きっと注意は受ける。それは決められてしまった事項だ。
「んじゃ、行くか」
向かうは教員棟。この事態を終息に導けるのは教師くらいだろう。軽々と人形の体を担ぎ、歩き出した。
半歩下がってレイセスも続く。視線は興味深そうに人形へと注がれていた。勿論、なんのレスポンスも無く死んだように無を表す。