「異世界での生活」43
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あの人形を捕獲してから数日が経過した。
それ以来小火事件も綺麗に収束し、昴もすっかりその事が頭から抜け落ち、今ではこの世界の学校生活に順応し始めていた。文字の読み書きも覚束無いながらもほとんど可能なまでに――レイセス曰く文法は滅茶苦茶らしいのだが――習得。
戦闘学などは持ち前の運動神経が功を奏し、慣れない武器を振り回すのは別として体術やら体力増強などの男子専用トレーニングにはどうにか息切れや筋肉痛を味わいながらギリギリ食いついている。
ただ未だにどうにも出来ていない分野が商学、魔法学。
まずは商学、どうやらこの世界には様々な種類の貨幣があるらしく、それぞれ土地によって価値が変わってしまい一概にこれを持っていればどうにかなるという物はないらしいのだ。
その他にも店を経営していくにあたって必要な知識だったりと昴には縁の無さそうな授業だった為に知識が追い付かなかった。
次に魔法学。これが一番の問題であり、どうにか出来そうにもないという、昴が珍しく諦めている科目だ。まず根底にある“魔力”というものを感じ取る事が出来ず、その概念を理解する事も不可能。昴が言うに――
「魔力? マジックポイントかなんかだろ? あれじゃねアイテムで回復するんだよな。それを感じろって? あはは無理無理。頭の上に数字でも見えればなあ」
――との事。完全に捨てている。だがそれでも文字や記号を覚えるのには有用で、知識としては吸収している模様。どこかに自分の世界に戻れるヒントがあれば、そう考えているのかもしれない。
だからこそ授業態度はそこそこ良い。今のところ寝ていたりする事はほとんどないようだった。
そして試験を明日に控えた本日、授業というものはなく全ての時間を試験前の大詰めとしての自習が行われている。外で実技試験の為の特訓を行っている者も居れば教室内で仲間と勉強を教えあっている者も居る。この雰囲気は昴の世界の学生となんら変わりない。ただやっている内容が違うだけで、根本的には同じ世代の学生なのだ。
「んー……」
そんな中、実技試験などという無茶にはやる気すら見出せない昴は問題を見ながら唸っていた。昴の世界で言うところの歴史である。覚えるだけなら問題は無いのだが、如何せん文字が浮かばない。年表の空白を穴埋めするという安直なものだが、選択肢がある訳でもなければどこかにヒントがある訳でもないのだ。本来であればこういうものがテスト問題なのだろうが、昴には少々難しいようだ。そんな時に頼りになるのがレイセスだ。
「なあレイ、ここなんだけどさ……どうやって書くの?」
「書き方、ですか……?」
「そう驚かないでくれないかな……答えは分かってんだよ……」
「では書いてみて貰えますか? 合ってなかったらそこを直しますね」
頷くと、言われた通りに思い出しながら文字を綴る。
「えっと、これと……ここが違いますよ」
「マジで?」
「正しくは……こうです」
滑るように書き上げられた綺麗な文字を見て昴は更に唸っているではないか。
「あーそんなの見た記憶あるわ。何で同じ発音になってるのに構成する言葉が違うんだよ……」
「で、でも! 大体合ってます!」
「大体じゃダメなんだよな? フルで正解じゃないと……あーテストとかほんっと嫌いだわ……なくなんねえかなぁ……」
これもまた、学生の思う事。気付いていないのかもしれないが、自身もしっかり学生生活に馴染んでいるのだ。
「一日か……徹夜かなこれ」
やるからには最上の結果を残すべき。そう考えるとここで突っ伏している場合ではない。
「うぅ……やるか……」
「頑張ってください!」
どのような結果になるのか、今から楽しみでもあった。
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