「異世界での生活」42
昴とセルディが侵入したのは明かりの無い真っ暗な一室。僅かな光はカーテンの隙間から覗く朝日だろう。
入室した二人の目の前に突如として伸びる影。
昴は予期せぬ叩き付けられるような突風によろけてしまう。
「ん、あぁ……なんだ兄さんか……こんな時間にどうしたの?」
眠たそうにベッドから姿を現したモルフォ。たった今二人に伸ばされたのは巨大な人形の腕。拳が当たる直前だった。もしモルフォが気付かずにそのまま寝ていたとしたら、どうなっていただろうか。
「これ、どういう事だ? お前の差し金か?」
人形の拳を叩いて払いつつ、背負っていた犯人を床に下ろし――ここで投げないのはどういう心境だったのだろう――、制服の上着を取り払う。
部屋に小さな火を灯し、ゆっくりとそれに近付いて膝を折るモルフォ。何かを調べているような仕草で犯人の胸部を撫でる。
「いや……まさかこれが小火を起こしてたって言うの? 人形だよ?」
「そうだ。だからお前に聞きに来た」
「ん……そうか。そうだね。……この型は古いけど誰にでも扱えるっていう訳じゃないし、それなりに技量が必要だね。遣いの姿は?」
「見てねえな。少なくとも近辺には居なかったんじゃねえか」
寝起きであるはずなのに彼の頭はどうやら万全の状態で回転しているらしく、二人にしか分からない会話が繰り広げられていく。相変わらずこの手の話題になってしまうと昴は置いてけぼりを喰らってしまうし、疲労困憊の状態ではそもそも話題について行けない。とにかく眠らないようにと強い意志を持つ。そうする事しか出来なかったのだが。
「だとすると相当腕の立つ人間だよ。いや、もしかしたら人形遣いとしての素質が高いだけで本人はそうでもないのかもしれないけど」
「で、どうする。これは家の問題じゃねえのかよ」
「そう、かもね……この型は販売はされてるけど個体数は少ないはずだし……盗難って話は聞いてない。だけどここに証拠があるんだから追い駆ける事は出来るよ」
「残滓があるってか。見た限りそんな気はしないけどな」
「まだ中身ばらしてみないとわからないよ。壊れてても部品は再利用出来るし」
その会話にセルディは少しだけ嫌そうな顔をしていたが、それを気にしないようにモルフォは続ける。
「ともあれこれで小火騒ぎは一時的に収束すると思うよ。遣いを見つけなきゃならないけどこればっかりはクレイ家としての問題になりそうだし、学院には報告しない方向に持っていくね」
「そうか。ならオレの役目も終わりだな。じゃあ報酬の方はしっかり頼むぜ」
「うん。お疲れ様」
「え、あれ? 終わり?」
背を向け去っていくセルディ。途中から完全に聞き流していた昴は何が起こっているのか分からず戸惑ってしまう。
「君も早く戻らないと、今日も授業があるからね。それに試験も近いんだよ」
眠い頭でその単語を理解するのには数秒掛かってしまったようで。
「試験……マジか……忘れてた……」
授業にも付いて行けない状態で試験を受けなくてはならないとは。
「それじゃあお疲れ様。今回は助かったよ。まさかここまで働いてくれるとは思ってなかったから……もう朝だけど、おやすみ」
とぼとぼと歩いていく昴の背中にその様な言葉を投げ掛けたが届いているかどうかは分からない。それにモルフォにはやらねばならない事が増えてしまったのだから。
「誰だろうね、このクレイ家に迷惑掛けてるのは……」
既に朝陽が顔を出し始めている。すっかり頭が冴えてしまったが、もう一眠りしておくべきか。
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