プロローグ
名は体を表すという言葉があるように、名前にはただそのものの呼称である以外にも大きな役割を持つ。
「健康に育ちますように」「優しい子になりますように」願いと意味を込められてつけられた名前には、極稀に『言霊』が宿ることがある。そして言霊はその者に人智を超えた力を与える。
この物語は--自分の言霊《名力》に覚醒した者達の物語である。
荒野に聳え立つ鬼が居た。背丈は六尺足らずではあるが、鬼の背負う夥しいオーラと鬼の纏う鋼の筋肉が、鬼自身を背丈以上に大きく威圧感のあるものに見せている。
ある者が見れば醜悪だと顔を顰め、ある者が見ればなんと美しいと目を眇めるであろう独特の顔立ちは、今はわずかに悲しげに陰っているように見えた。鬼の漆黒の瞳に映っているのは今そこに存在する荒野だったが、鬼が今視ているものは今そこに存在しない街--鬼が先刻滅ぼした街の姿であった。
鬼はただ、その身を休めたいだけであった。鬼はただ、その身を清めたいだけであった。ただその一心で宿を訪ねたところ、鬼の姿を見た宿屋の主人は驚き、恐れ、『許してくれ』『すぐに出ていくから』と鬼が必死で乞うたのにも関わらず、街中の皆を呼んで鬼を攻撃した。鬼は必死で耐えた。逃げた。街人の誰もが鬼を傷つけようとしたが、鬼は街人の誰をも傷つけたくはなかったがために必死に逃げた。……しかし。とある街人の放った銃弾が鬼の足を掠った刹那。
街が消えた。
建物の破片も、街人の遺体すらも残さずに全てが消えてしまった。
こんなこと、望んではいなかった。けれども、仕方のないことだった。これが鬼の『名力』なのだから。
「……」
鬼は無言で花を手向けた。自分が消した街のために流す涙は、とうの昔に枯れ果てていた。
そしてまた鬼は歩き始める。身を休め、清める場所を探し求めて。
鬼が名力に覚醒してから今日で十年。自らの居場所を求め始めて今日で九年と三百六十四日。滅ぼした街の数は千を越えた。
名は体を表すという言葉があるように、鬼はその恐ろしいほどの力で全てを殺める。
鬼の名前は--剛力アヤメといった。