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 次の日、レッドはまたノインを探していた。

 執事のセバスにノインの居場所を聞いたら、レッドはまた不愉快な思いをしたが、ノインがどこにいるかは聞き出せた。

 ノインは山に自生する薬草を取りに行っているということで、レッドは屋敷の裏手にある山に来ていた。

 領主の屋敷に近い山には誰も入らないのか、山道のようなものはなく、レッドはノインを探しながら、けもの道を歩いていた。枝を手で避けながら通るものの、道は険しく葉っぱに塗れる。

 屋敷でノインの帰りを待つことも出来たが、誰もこないような場所の方が、レッドには都合が良かった。

 レッドはノインに頼み事をするつもりだった。元の世界に関係することなので、出来れば他の人間には聞かれたくない。

 山頂付近にまで来たところで、レッドはやっとノインの姿を見付けた。ノインは崖際に生えている木の花を、採取しているところだった。

 レッドがノインに近付いて、声をかけようとした時、ノインの身体が崖側に傾いだ。その先に、身体を支えるようなものは何もない。このままでは、ノインが崖から落ちる。

「ノイン!」

 レッドは駆け出し、間一髪のところでノインの腕を掴み、ノインの身体を思い切り引き寄せた。引き寄せた反動のまま、二人は地面に倒れこむ。

「痛た……」

 レッドはノインの下敷きになる形で倒れていた。身体を起こし、レッドの上にいるノインの様子を窺う。ノインは何が起きたのか分からないといった感じで、目をぱちくりとさせていた。

「大丈夫?」

 レッドが声をかけると、ノインが顔を上げた。至近距離でノインと目が合う。ノインは一瞬固まったかと思うと、次の瞬間にはレッドの身体の上から退いて、地面に手を着いて頭を下げていた。

「申し訳ございません!」

「ケガはなかった?」

「申し訳ございません!」

 ノインはレッドの質問に答えることなく、頭を下げたまま上げようともしない。

 レッドはため息を吐く。

 昨日、ノインと長時間話したことで、ノインとの溝はかなり埋まったと感じていたが、そうではなかったらしい。

 その事実に、レッドは落胆した。

「……ノイン。もういいから顔を上げて」

 レッドはノインの腕を掴み、身体を無理やり起こす。

「ああ、額に土が……」

 レッドはノインの額に付いた土を払った。ついでに、倒れた時についた服の土も、軽く叩いて落とす。

 こうしていると、小さい頃の妹のことを思い出す。

 駆け回ってはよく転び、大泣きしていた妹。転ぶ度にレッドが助け起こし、今と同じように、服に付いた土を叩き落としていた。

 そして、泣き止まない妹の頭を、こうやって撫でたものだった。

 レッドは思わず頬が緩む。

「あ、あの……」

 ノインの声に、レッドは思い出から引き戻される。

 はっとしてノインの方を見ると、戸惑った顔と出会った。

「ご、ごめん。妹を思い出して……」

 思い出に浸っていたら、ノインの頭を撫でてしまっていた。

 レッドは慌てて手を引っ込める。

「記憶がお戻りになったのですね!」

 ノインの顔が明るくなった。

「え? あっ」

 ノインに言われて、レッドは気が付いた。記憶喪失のふりを続けるのに、一番言ってはいけない言葉を、言ってしまったことに。

 ノインが相手だからと、気を抜きすぎた。

「ノインを見ていたら急に妹のことを……。だが、他のことは何も思い出せない……」

 レッドは暗い顔を作る。

 かなりわざとらしくなってしまったが、これで押し通すしかない。

「そうですか……」

 ノインが残念そうな顔をした。

 どうやら騙せたようだ。

 こんな簡単に騙されたノインに、若干心配になりつつも、レッドは安堵した。

「でも、懐かしい記憶を思い出せて良かったよ。ありがとう」

「いえ、そんな……。私も記憶を取り戻すお力になれて、とても嬉しいです」

 ノインは微笑む。

「私にも……。兄がいました。先ほどのように、頭を撫でてもらったことも……」

 ノインが何かを思い出すように、遠い目をする。

「……とても、優しい兄でした」

 ノインは兄の話を過去形で語る。屋敷にはノイン以外のレキアントはいない。

 それは、つまり……。

「兄は五年前に……。こんな風に触れてもらえることは、もう二度とないのだと……」

 ノインの顔が悲しげに変わる。その顔を見て、レッドは胸が締め付けられるように感じた。

 ノインには笑顔でいてもらいたい。

 そう思うと同時に、レッドはまたノインの頭を撫でていた。

「俺でよければ、いつでも撫でるよ」

 ノインが目を見開いてレッドを見た。大きな瞳が零れ落ちそうだ。

「そ、そんな、お手を煩わせることを!」

「かしこまる必要はないよ。……そうだ。記憶を取り戻す手伝いだと、思ってくれればいい」

 これをきっかけに、ノインとの間にある溝が、少しでも埋まればとレッドは思った。

「記憶を……」

「そう。俺を助けると思って」

「助ける……」

「どう?」

 少し逡巡した後、ノインは控えめに頷いた。

「ありがとう」

 レッドは満面の笑みを、ノインに見せる。

「さて、いつまでも地面に座っていないで立とうか」

 レッドはノインより先に立ち上がり、ノインに手を差し出す。それを見て、少し迷った顔を見せたノインが、おずおずと手を差し出してくる。

 けれども、ノインは決心がつかないのか、レッドの手を掴もうとはしない。それを、レッドから掴みにいき、ノインを引き上げた。

「あ、そうだ、ノイン」

「はい」

「崖からあんなに身体をのり出したら、危ないだろ」

 記憶のことをうっかり口から滑らせたことで、レッドは崖のことをすっかり忘れていた。もう危険なことはしないように、ノインには注意をしておかなければならない。

「そ、それは……。あの……」

 ノインは言いにくそうに答える。

「私、空を飛べますので……」

「……あ」

 そういえば、元の世界のレキアントも空を飛んでいた。

「ごめん。俺が余計だったんだな」

「いえ、そんな……!」

 ノインが慌てて顔を横に振る。

 またノインに気を使わせた。どうしてこうもうまくいかないのか。

「あ、あの。ここへは何をしにいらしたのでしょうか? よろしければ、私が代わりに致します」

 レッドが暗い顔をしているからか、ノインが話を変えてきた。

 もう挽回は無理そうだ。

 何だか情けなくなってきたが、レッドは最初の目的を伝えることにした。

「実は、ノインに頼みたいことがあって……」

「はい。なんなりと」

「ノインの仲間に、俺のような行き倒れの記憶喪失者の話を知らないか、聞いてもらいたいんだ。出来れば、なるべくたくさんの仲間に」

 こういう情報は人間に聞くより、常に下働きをしているレキアントに聞いた方が、集まりやすいはずだ。

「仲間……?」

「港街に行った時に、ノインのように働いているのを見かけたけど、もしかして知り合いじゃなかった?」

 港街のレキアントには直接話しかけてみたが、怯えていて会話にならなかった。人間は恐怖の対象なのだろう。そこで、同じ種族のノインなら、聞き出せるのではと思った。

「ああ! いえ、仲間という考え方をしたことがありませんでしたので、すぐに思いつきませんでした。申し訳ございません。同じような記憶喪失の方がいなかったか、確認すればいいのですね?」

「そう。お願い出来るかな? ノインが次に港街に行った時でいいんだけど」

「はい。わかりました」

「ありがとう」

 これで情報が集まればいいが。

 もし、レッドと同じように、この世界に飛ばされた人間がいれば、元の世界に戻る重要な手掛かりとなる。

 現象を分析するには、一人分の情報では足りない。最低でも、もう一人分の情報が必要だった。

 もう一週間過ぎているのだ。

 そろそろ確信的な情報が欲しい。

 レッドの心は焦り始めていた。

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