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それから、レッドとノインは木の小屋の前にイスを置き、そこに座って二人で話した。
とてもゆっくりと。
ノインを怯えさせないように。
ノインがレッドに何を聞きたかったのか尋ねると、ノインはレッドが優しくしてくれるのが不思議で、その理由を聞きたかったということだった。
「私などにこんな風に接してくださる方は、今までいませんでした。何故、こんなにも優しくしてくださるのですか?」
「それは……」
レッドは迷う。ここで正直に話していいものかと。
レッドがノインに優しく出来るのは、この世界で育ってはいないからだ。元々の世界の常識が違う。それを説明するには、レッドが別の世界から来たことを言わなければならない。保護されている立場で、得体の知れない人間だと明かすのははばかられた。
この屋敷から、追い出されるのだけは避けたい。
ふと、レッドは執事や髭面の男のことを思い出す。あの二人は記憶喪失というだけで、簡単に納得していた。
「俺には記憶がないから、優しくしてくれるノインに、優しくしなくてもいい理由が分からない」
この一週間、治りきっていなかった傷の手当てをしてくれたのは、ノインだった。医者が来たのは初日だけだ。
「夜中も様子を見に来てくれていただろう?」
信用できないレキアントの行動を、寝たふりで窺っていたが、レッドの寝床にやってくるノインは、レッドの額に触れ熱を確かめ、掛け布を肩までかかるように直して去っていくだけだった。
ノインの優しい手の平に、戸惑ったのをレッドは覚えている。
「それは、私にとっては当然のことで……」
「俺には当然ではない。とても特別なことだ」
ノインが不安そうな瞳を、レッドに向ける。レッドがノインの瞳を覗きこむと、ノインの緑色の瞳が揺れていた。まだ、信じられないという気持ちの方が、ノインの中で勝っているようだ。
レッドはノインに信じてもらう為、さらに重ねて言う。
「俺には特別なことだ」
そして、レッドはノインにまた笑いかけた。
その笑顔に、ノインもおずおずと笑顔を見せる。
初めて見るノインの笑顔に、レッドの胸は温かくなった。
もっと話していたい。
そんな考えがレッドの頭に浮かぶ。
「そういえば、あのガラスの小屋の中に、有害な薬草があるって言っていたが、ノインは何の装備もなく入って大丈夫なのか?」
必死にレッドを止めた割には、ノインは鼻や口を覆ったり、防護服を着ていたりしない。普段の使用人服のエプロンドレス姿そのままだ。
「毒性にはある程度の耐性がありますから大丈夫です」
「耐性?」
「私達の祖先は緑の民と呼ばれ、自然と共に生き、自然の力を借りて暮らしていました。その力は、今でも私達に受け継がれているのです。毒性への耐性は、その力のうちの一つになります。」
「他にどんな力があるんだい?」
「そうですね、個人差はありますが、毒への耐性から身体の強化、あとは治癒と……」
治癒と聞いて、レッドはハッとする。
「もしかして、俺の傷の治りが異様に早かったのも」
「はい。力を使わせて頂きました」
本当に何から何まで、ノインには世話になりっぱなしだった。
「本当にありがとうノイン」
「そんな! 私達の力はその為にあるのですから」
ノインは慌てたように首を振る。レッドに対して、いや、人間に対しては、どこまでも低姿勢だ。これはもはや、生まれた時から刷り込まれたものなのだろう。
「他には何の力が?」
「他にですと、風や水などの自然そのままの力を使うことも出来ます」
ノインは両の手の平を上に向ける。
「イズルチリョクリュウ」
ノインの言葉と同時に、手の平に二重の円が現れる。ほのかに青色に光り、円の中に文字が紡がれる。
「これは……!」
円の中心から水が噴き出た。その水はぐるぐると渦を巻き、手の平の上に留まる。
元の世界のレキアントと同じ能力!
レッドは思わず身体をのけ反らせ、腕で顔をかばった。
その反応に、ノインは慌てて水を消す。
「申し訳ございません!」
立ち上がって、ノインは大きく頭を下げた。
「あ……。いや、大丈夫」
レキアントとの戦闘経験から、レッドの身体はとっさに防御の姿勢を取ってしまった。一週間経っても、身体は命を懸けた恐怖を覚えているようだ。
それに、レッドは心のどこかで、ノインは元の世界のレキアントとは、違うのではないかと思ってしまっていた。
ノインがあまりにも優しかったから。
その油断もあって、余計に大げさな反応をしてしまったようだ。
これではっきりした。
ノインはレキアントだ。
震える手を、ノインに見られないようそっと隠す。
「いきなり水が出てきて、ビックリしただけなんだ」
バクバクと鳴る心臓をなんとか抑え、レッドは無理やり笑顔を作りごまかした。
「頭を上げて。ほら、早く座って」
ノインは恐る恐る顔を上げる。レッドを見て、ノインの緑色の瞳が不安げに揺れた。
せっかくノインに近付けたと思ったのに、これでは全てやり直しだ。
たとえ同じレキアントでも、ノインはあのレキアントとは違う。
この一週間で、そのことをレッドは身をもって知ったというのに。
ノインを恐れることなど、何一つない。
「もっと話そうか」
それから日が暮れるまで、レッドとノインは楽しく話した。
それを、屋敷の窓からずっと見ていた人間がいたとも知らずに。




