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レッドがレイドクラフトの屋敷で暮らすことになって、すでに一週間が過ぎていた。元の世界に戻る手がかりは何もなく、とりあえずレッドは現在いる世界の把握から始めていた。
レッドが調べられる場所は屋敷とその近辺。そして、屋敷から一番近くにある港街。
調べて分かったことは、この世界の水準が、レッドのいた世界より明らかに低いということ。移動は基本、徒歩か馬車。建物には石が使われているものの、道路は土を踏み固めただけ。開発というより開墾じたいが進んでおらず、どこまでも森や山が広がっていた。もちろん電気はなく、人々は火に頼り暮らしている。他にも色々と差があるものの、調べた中での一番の違いは、レキアントが当たり前のようにいるということだった。
初めて港街に連れて行かれた時、レッドは驚愕した。屋敷には女のレキアントが一人いるだけだったが、街には他にも大勢のレキアントがいたのだ。
どのレキアントも忙しなく働き、それを当然のようにあごで使う人々。レキアントはペコペコと人間に頭を下げ、何か失敗があると棒で叩かれ足で蹴られ、レキアントは無下に扱われていた。
そして、人間のレキアントを見るあの目。
汚らわしいものでも見るかのような、視界に入るだけで邪魔だとでも言いたげな冷たい目。
俺はあの目を知っている。
人間の目は、明らかにレキアントを見下していた。
「おい、兄ちゃんどうした」
レッドは後ろから、軽く肩を叩かれはっとした。
振り向くと、そこにはこの世界に来たばかりの時に会った髭面の男が、荷馬車の荷台の上でしゃがんでいた。レッドは荷馬車のそばに立っており、髭面の男は荷馬車の上からレッドの肩を叩いていた。
「あ……。いや、すみません。何でもないです」
レッドは屋敷の裏口で、屋敷に運ばれてきた荷物の運搬をしているところだった。髭面の男は荷運びの業者で、屋敷から依頼のあった物資を、荷馬車で運んでくる。
考えごとをして手が止まっていたレッドは、荷馬車に積まれている荷物を慌てて持ち上げた。重い麻袋を両肩に五袋ずつ担ぎ、能力を使って運ぶ。人間離れした運び方だが、レッドは尋常じゃない腕力を持っていることになっていた。屋敷に雇われてからは力仕事で重宝され、たまにレイドクラフトの暇つぶしに力を使った芸を見せている。
「ここにはまだ慣れねえか?」
髭面の男が荷馬車の上から麻袋を渡しながら、レッドに聞いてきた。
「……いえ。大丈夫です」
「そうか? そのわりにゃあ顔が暗えな」
「そんなことは……」
「ああ、じゃあ、あれか。逆にこの屋敷に慣れて染まったか。この屋敷にいる奴ら暗えからな」
髭面の男が鼻を擦りながらへっと軽く笑う。
荷運びの間しか屋敷の人間と接する機会がないだろうに、髭面の男もこの屋敷の異常なまでの暗さに気付いていたようだ。
「違いますよ」
「そうか。じゃあ、身体の調子が悪いとかか? 一週間前とはいえ、お前、酷い状態だったからな」
レッドが倒れていた時のことを思い出しているのか、髭面の男は軽く眉を寄せる。
「もう大丈夫です。こんな荷物を持てるぐらいには」
担いだ五袋の麻袋を、レッドは何でもないというように上下に揺らした。
「そうだな。元気そうだ」
髭面の男がへへへと笑った。
「まあ、何かあれば言えよ。医者呼んでやっから」
「はい。ありがとうございます」
髭面の男と会話を続けながら麻袋を運び、レッドが裏口の前に下ろすと、ちょうど裏口から女のレキアントが出て来た。
「すみません。荷運びが終わったら、玄関ホールの家具の配置移動をしてほしいそうです」
レッドへの仕事の伝達は、老齢の執事のセバスか、女のレキアントのノインが行っていた。セバスとノイン以外の召使いは何故かレッドと目を合わそうとせず、仕事で必要であっても話そうとしなかった。その異常なほどの徹底ぶりからすると、レイドクラフトから話すなと命令されているのかもしれない。
「ああ、分かった。ありがとう」
レッドがノインにお礼を言うと、ノインが何か言いたげな目で、じっとレッドを見てきた。何かあるのだろうかと、レッドもノインを見返す。
ノインの緑色の瞳に太陽の光が反射して、ノインが瞬きする度に煌めく。背中の中ほどまである柔らかそうな緑の髪が風に揺れ、ノインの頬にかかった。
元の世界にいた時は、こんな風にじっくりとレキアントを見ることはなかった。
重要なのはその姿より、次にどんな攻撃が繰り出されるのかということ。
注目していたのは、手足や身体の動きばかりだった。
この一週間、ノインを観察していたが、ノインは姿が違うだけで、普通の少女と変わるところは一つもなかった。
「何か?」
待っていても話し出そうとしないので、レッドはノインに話せるよう促す。
「いえ、失礼致しました」
ペコリと頭を下げて、ノインは屋敷の中に戻って行った。
何だったのだろうか……。
ノインが去った場所をレッドは見つめる。
ノインはこんな風に何か言いたそうにして去ることが多い。
何も話さないのは、ノインもレイドクラフトに余計なことは喋るなと言われているからだろうか?
「兄ちゃん変わっているな」
「え?」
レッドは振り返り、髭面の男を見る。
「あいつらにお礼を言う奴なんて見たことがねえよ」
あいつらというのは、たぶんレキアントのことなのだろう。
「そんなに変なことですか? お礼を言うことが」
「ああ、あいつらは使われる為に生きている。それなのにお礼を言うなんておかしいだろう」
髭面の男は、何故そのようなことを聞くのか分からないといった風に笑った。
「……俺、実は記憶喪失なんです」
「へ?」
いきなり何を言い出すのかと、髭面の男がキョトンとした顔をする。
「ケガの後遺症なのか、助けられるより前のことを覚えていないんです」
「へー、そうなのか。それで、あいつらにもおかしな態度なんだな」
髭面の男は、納得がいったというようにうんうんと頷いた。
「記憶喪失なんて大変そうだな。生活は大丈夫なのか?」
「はい。生活に必要な記憶は残っているようなので支障はないですし、分からないことは執事のセバスさんに聞いてどうにかなっています。まあ、子供のように何でも聞きすぎて、セバスさんに嫌がられ始めているんですけど」
レッドが質問をした時に、普段無表情のセバスの口がへの字になったことを思い出して、レッドは苦笑する。
「ああ、ありゃあうざくなる時があるもんなぁ。俺も息子に何度も聞かれて、つい邪険にしたら母ちゃんに怒られちまった」
荷台の上で髭面の男がガハハと笑う。
「さて、これで最後だ」
髭面の男に最後の麻袋を渡され、レッドはそれを裏口まで持って行く。
「次の配達は明後日だったな」
「はい。よろしくお願いします」
「おう。じゃあ、また明後日な」
髭面の男は荷台から前の運転席に乗り移り、馬を操って街への道を下って行った。荷馬車は森の影に消えていく。
それを、レッドは顔を歪めて見ていた。
髭面の男の、レキアントは道具だとでもいうような発言。
髭面の男が傲慢だというわけではない。レッドには優しく接するし、とても快活な男だった。
ただ、髭面の男にとって、レキアントはそういう存在だというだけなのだ。それは、髭面の男に限った話ではない。レキアントは人間の道具。それが、この世界の常識だった。
レッドのいた世界において、レキアントは敵。それと同じだ。
だが、レッドの心の中には、不快感が波紋のように広がっていた。




