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屋敷に戻って来たレッドは、すぐに屋敷の主、レイドクラフト伯に呼ばれた。
執事に案内されて、レッドはレイドクラフトのいる大広間に連れて来られた。天井の高い大広間には家具らしい家具もなく、長方形のだだっ広い床が奥に伸びている。その奥の一段高くなっている場所には、イスに座っている男がいた。
レッドは男の顔が見える位置にまで歩み出た。他に誰もいないところを見ると、男がレイドクラフトなのだろう。
レイドクラフトはどこか暗い雰囲気のある中年の男だった。細面で落ち窪んだ影のある目が、さらに暗いイメージを助長している。イスの肘掛けに肘を付き、あごを支え、お世辞にも大きいと言えない身体で、部屋の奥のイスにふんぞり返っていた。
部屋に入るとレキアントはすぐにレイドクラフトのそばに行き、イスの後ろに控えるように立った。
「何が出来る?」
ふんぞり返ったまま、レイドクラフトがつまらなそうな目でレッドに聞く。
何が出来る、というのは何の芸が出来るかということらしい。この大広間へ入る前に、執事からレイドクラフトを喜ばせる芸を披露しろと言われた。その芸しだいでは、もうしばらくこの屋敷にいてもいいということだった。
得体の知れない世界で、寝泊り出来る場所を確保するのは難しいだろう。ここは是が非でもレイドクラフトに気に入られなければならない。
「道具が欲しければ用意させる」
レイドクラフトが手を二回打つと大広間の扉が開き、召使い達が色々な道具を机とともに運んで来た。レッドの周りに机を置き、その上に道具を置いて去っていく。扉は閉められ、大広間はまた三人のみとなった。
机の上を見ると、大小様々なボールや短い棒、紐に果物。何に使うか分からないようなものからナイフまで置いてある。
「どうした? 早く見せてみろ」
静かな大広間に、レイドクラフトの声が響く。
レイドクラフトに気に入られる為には、どうすればいいのか。
道具を見ていて、レッドは昔テレビで見たサーカスをふと思い出した。その映像はレッド達能力者が現れる前のもので、能力を使わずに人間の技術のみで演じ、娯楽を提供していたという。
能力で何かして見せるのは簡単だったが、この世界の人間に怪しまれることは避けなければならない。能力を使い、人間にも可能な範囲で芸を見せるには、サーカスの芸はちょうどいいとレッドは判断した。
レッドは机の上にあるボールや果物といった丸いものを掴み、真上に投げる。テレビではたくさんのものを頭上に投げ、グルグルとひたすら回していた。ジャグリングと言うらしい。
レッドは能力を使い、天井スレスレに投げたものが、手に戻ってきているように見えるよう操作した。実際は、両手を上下に動かし、上に投げたものが手をかすってまた上へ戻るようにしているだけだった。
十個以上投げたところで、レッドはレイドクラフトの顔をちらりと見る。レイドクラフトはつまらなそうな顔のままだった。これぐらいではレイドクラフトの興味は引けないようだ。
レッドはジャグリングをしながら机に近付き、さっとナイフを掴んだ。それを、ジャグリングの中に加える。ナイフが一周し、手元に戻って来た時、レッドはナイフをダーツのようにジャグリング中の果物に向けて投げた。ナイフの刺さった果物は、ジャグリングの輪を抜け、そのまま机の上に落ちた。果物から飛び出ていた刃先が、机に刺さる。
レッドはさらにナイフを投げ続け、ジャグリングの輪の中にあった全ての果物が、ナイフ付きで机の上に戻った。その間も、レッドはジャグリングの手を止めない。
「ほう。なかなか」
レッドのナイフ刺しを見て、レイドクラフトは軽く眉を上げて感嘆の声を出した。
どうやらお気に召したようだ。
レッドは机の横にある空の箱を見る。高さが膝まである蓋のない正方形の木箱だ。
もう一つ披露して、ダメ押ししておこう。
ジャグリングをしたまま、レッドは木箱に近付いていく。タイミングを合わせて木箱を右手で掴み、上に投げた。木箱は天井付近まで宙を舞い、レッドの真上に落ちてくる。それを左手でがっしりと受け、箱と同じように弧を描いて落ちてきたボール達を、箱の中に直接収めた。
ゆっくりとした拍手が、大広間に鳴り響く。
「その細腕でたいしたものだな」
レッドは木箱を床に下ろし、レイドクラフトに向き直った。レイドクラフトがレッドを上から下までジロジロと見る。レイドクラフトのねめつけるような視線をレッドは不快に感じたが、我慢するしかなかった。
「使えないこともない……な」
レイドクラフトが低い声でボソリと呟く。
「しばし屋敷に留まることを許そう」
また手を打ち鳴らし、レイドクラフトは大広間に老齢の執事を呼び入れた。
「部屋を与えろ。あとはいつもの通りに」
「はい。かしこまりました」
無表情な執事は、レイドクラフトに深々と頭を下げた。
「どうぞこちらへ」
レッドは執事に促され、大広間を出る。先を歩く背の低い執事のあとを追いながら、レッドは屋敷の中を観察した。
廊下に等間隔で置かれた調度品。くもり一つない窓ガラス。ホコリが全くない廊下。どこもかしこもピカピカに磨かれていた。ここまでの状態を維持するのに、どれだけの人間が使われているのだろうか。窓から脱走した時には分からなかったが、この屋敷の様子からして、レイドクラフトはかなりの金持ちなのだろう。
しかし、清潔にされ整然とした廊下は美しいのに、レッドにはそれ以上に全体が暗く淀んでいるように感じた。屋敷はキレイだが、どこか空気が重いのだ。まるで、レイドクラフトの暗さが、そのまま屋敷にのり移っているかのように。時折出会うエプロンドレス姿の召使いも俯きがちで、覇気が感じられない。
こんなところで暮らすのか……。
ただでさえ訳の分からない状況で不安なのに、この雰囲気はさらに気が滅入りそうだと、レッドは辟易した。けれど、レッドにはここ以外の選択股は用意されていない。我慢するしかなかった。
いつくかの角を曲がり、執事がとある扉の前で止まった。廊下の両壁には同じ扉がいくつも並んでいる。
「ここがあなたの部屋です。これから、あなたはこの屋敷で働くこととなります。仕事は明日から。明日の早朝に迎えに来ます」
無愛想なままそれだけ言って、執事は来た道を戻って行った。
暗い主に無表情の執事、生気のない召使い達。そして、女のレキアント。
一刻も早く元の世界に戻りたかった。
扉のノブに手をかけて回し、ため息を吐きつつレッドは部屋の扉を開いた。




