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荷馬車に乗せられたレッドは、身体の痛さからか、いつの間にか気を失っていたようで、目が覚めた時には固いベッドに寝かされていた。窓からは太陽の光が入り込み、レッドのいる部屋の中を照らしている。レッドが気絶している間に、夜は明けたようだ。
顔だけ動かして、レッドは部屋の中を見た。部屋はベッドの横に机が置かれているだけで、他の家具が置けなくなるような狭い部屋だった。天井もベッドの上に立てば頭が付きそうなほど低い。
とりあえず敵がいないのを確認し、レッドはベッドの上で身体を起こした。
「ここは……。ん?」
レッドは身体に、薄茶色の細い布が巻かれていることに気が付いた。布の下からツンとした匂いが漂ってくる。
「包帯……か? そういえば、身体が楽になっている」
手を開いたり閉じたりして、レッドは身体の調子を見る。少し動かすだけであれほど痛かったというのに、今は鈍い痛みがあるだけだった。
「すぐに治りそうな痛さではなかったはずだが……」
レッドは寝ていた自分にかけられていた布を捲る。足まで包帯だらけで、スーツは脱がされていた。
「動けるな」
レッドはベッドから出て立ってみた。立つのに支障はない。部屋の中を歩き回っても、違和感は特になかった。
レッドはそのまま部屋の窓による。
部屋は一階にあるらしく、窓からは木と空しか見えない。部屋の前は森のようだ。木々はどこまでも続いている。
「あれから何日か経っているのか?」
窓の外を見ても、どれだけの日数が経っているかは分からない。
レッドは部屋の中をもう一度見た。ベッドと机しかない簡素な部屋だ。石造りの床と天井。家具は全て木製で、部屋の扉も木で作られていた。
レッドは机の中を確認しようと机の前に立ち、机の下にあるイスの上に、服がのせられていることに気が付いた。
「スーツの代わりか?」
レッドはその服を広げてみた。何の装飾もない、使い古しのくったりとした半袖の服だった。ズボンも同じで、服の色は色落ちしたというより使い込まれて薄茶色くなったという感じだった。
とりあえず、レッドはその服を身に着けた。パンツ一枚では心もとない。
服を着ると、少し心が落ち着く。やはり、ほぼ裸では無防備過ぎた。
レッドは落ち着いた頭で考える。
ここはどこなのか。
レキアントがいることを考えると、ここは敵の本拠地なのかもしれない。ここが地球のどこなのかが分かれば、戦局は変わるはずだ。
部屋の扉に近付き、レッドはノブを回す。しかし、鍵がかかっているようで開かない。
「閉じ込められている?」
敵の本拠地だと考えれば、閉じ込められているのは当然だろう。拘束までされていないのは、敵にとって脅威にはならないと思われているということか。しかし、傷の手当までしてあることが、腑に落ちない。
尋問して情報を得る為だとしても、ここまで回復させる必要はないはずだ。
机に寄りかかりながら、レッドは思案する。
傷の手当。拘束はなし。もしかして、まだ敵だということがバレていないのだろうか?
それならば、監視も緩い今が逃げるチャンスだ。
レッドは逃げる為に扉を確認する。鍵がかかっているとはいえ、ただの木製の扉だった。もろそうな作りの扉は簡単に蹴破れそうだが、音をたてて誰かが来てしまっては元も子もない。それに、扉の外には見張りがいる可能性もある。扉からの脱出は避けた方がいいだろうとレッドは判断した。
レッドは次に、扉の反対側にある窓を確認した。
窓は腰よりも高い位置にあり、レッドの上半身ぐらいの大きさはある。通り抜けるのは容易そうだ。窓枠は木製で、こちらも扉と同じくもろそうな作りだった。鍵はかんぬきがしてあるだけで、レッドが棒を取り外して窓を押すと、両開きの窓は簡単に開いてしまった。
鍵をして閉じ込めているわりには、管理がずさん過ぎるのではないだろうか。
そんなことを思いつつ、レッドは窓から脱出した。
地面に着地し、レッドは左右を確認する。レッドがいた建物の壁が長々と続き、壁が途切れる先には木々しか見えない。
誰もいないようだ。
体勢を低くしたまま、レッドは前方に広がる森に走った。森の中に入ってしまえば、見つかる可能性も低くなる。
森の中に入り、レッドは振り返って捕らわれていた建物を見上げた。レッドの位置からでは木が邪魔をしてよく見えないが、三階建てのかなり立派な建物だということは分かった。森の中に建つ石造りの建築は、一見すれば海外の古いお屋敷のようだ。
その建物をしっかりと目に焼き付け、レッドは森の奥へと入った。
あとは、この森を抜けるだけだ。ここが世界のどこにあたるのか分かれば、新たな戦略を立てることが出来る。それは、防戦一方のレキアントとの戦いが、ひっくり返るであろう情報だった。
森の中をレッドはひたすらに走り、森の外を目指す。
空を飛べば楽に森を抜けられるだろうが、敵に見付かる危険性も高まる。それに、能力を使っているところを見られたら、さすがに敵だと発覚するだろう。
このまま、森を走って抜けるしかなかった。
生い茂る木々の中を、枝を避けながらレッドは走る。
走りながら、レッドは他の仲間達のことを考えていた。
戦闘中に、レッドは脱落してしまった。攻撃系の能力を持っている仲間もあの場にはいたが、空を飛ぶレキアントにどこまで対抗出来ただろうか。あの戦いの結果がどうなったのか、レッドは今すぐにでも知りたかった。
一刻も早く、仲間達のもとへと帰りたい。
走り続けると、ようやく森の切れ目が見えてきた。前方が格段に明るくなり、開けているのが分かる。
レッドは森を抜けた。そして、目の前に広がる景色を見て、愕然とした。
「あれは……。何だ?」
レッドが立っているのは崖の上で、周りがよく見渡せた。左手には山々が並び、右手には木がまばらに生えている平地が広がっている。そのちょうど中央に、一軒家が集まる街並みが見えた。その奥には青い水平線がどこまでも続き、自然が溢れるのどかな風景だった。
しかし、レッドが驚いたのはその風景にではない。
レッドは空を見ていた。
空には丸いものが見えていた。月ではない。月よりももっと大きく、表面の青と緑がキレイな地球にも似た惑星だった。
そんな惑星など、レッドは生きてきて一度も見たことがない。
「俺はいったいどこにいるんだ?」
レッドはここが敵の拠点の一つだと思っていた。この森を抜けて何か交通手段を見付ければ、仲間のもとへすぐに帰れると思っていた。
空に浮かぶあの惑星は、その考えを全て打ち崩すものだった。
「俺は今どこにいる?」
どうすることも出来ず、長い間空を見つめ、呆然として立っていたレッドを見付けたのは、レッドを運んだ女のレキアントだった。
「ああ、良かった。こちらにいらしたのですね」
レッドが声に振り返ると、エプロンドレス姿のレキアントが、ちょうど森から出て来るところだった。
「お部屋に姿がなかったので、心配致しました」
憂い顔でレッドをうかがうレキアントに、レッドは呆然としたまま訪ねた。もはやすがる相手はこのレキアントしかいない。
「ここはどこなんだ?」
「ここはレイドクラフト伯領です」
「レイドクラフト伯領?」
「はい。この場所ということでしたら、レイドクラフト様が住まうお屋敷と、街を繋ぐ街道を少しそれた場所にあたります」
つまり、レッドがさっきまでいた建物が、レイドクラフトの屋敷ということになる。だが、レッドが聞きたいのはそういうことではない。
「あれは何だ?」
レッドは空に浮かぶ惑星を指差した。空を見たレキアントは、レッドが何を聞いているのか分からないらしく、困った顔をする。
「申し訳ございません。あれとは何をお尋ねになっているのでしょうか?」
「あの空にある惑星のことだ」
「わく、せい?」
レッドの言葉に、レキアントはますます分からないといった表情を浮かべる。惑星が通じないらしい。
「あの空に浮かぶ、丸い……、球体の……」
言葉を選びながらレッドは聞こうとするが、何が通じて何が通じないのかさえもレッドには分からない。どう聞けばいいのか分からなかった。
「もしや、セイズのことをお聞きになっていますか?」
「セイズ?」
「この地を空から見守る神が住まう聖域、セイズです」
レッドは困惑する。このレキアントはあの空に浮かぶ惑星に神がいるという。レッドがいた世界とは全く違うこの世界を、どう判断したらいいのか。
「セイズが分からないなんて……。頭部をどこかに打ち付けましたか? 他に覚えていらっしゃることはございますか?」
レキアントが不安そうな顔でレッドを見る。どうやらレッドの記憶喪失を疑っているらしい。レッドはとりあえずそれにのっておくことにした。
「いや……。よく分からない。何も覚えていないようだ」
「それは大変! すぐお屋敷に戻りましょう。お屋敷までの道を案内させて頂きます」
そう言って、レキアントは先を歩き出した。今のレッドはレキアントに付いていくしかない。レッドはレキアントのあとを追い、森の中に入った。




