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誰の声だろうか。
耳の奥に残る悲痛な声。
『まだ……。まだ早い……』
何が早いのだろうか。
冷たい何かが顔に当たり、レッドの思考の邪魔をする。
この冷たいものは何だ?
冷たい何かに呼吸を防がれ、うまく息を吸えない。
顔を左右に振って避けようとするが、レッドは身体中が痛くて、顔を動かすことも出来なかった。
「う……ぐぅ……」
「ああ、良かった。まだ生きているわ」
すぐ近くで声が聞こえた。透き通った高めのキレイな声だった。
その声の後、冷たい何かも当たらなくなり、呼吸が楽になる。
レッドはゆっくりと深く息を吸い、そして、慎重に息を吐いた。
何が起こっている?
現状を確かめようと重い瞼を開く。
目に入って来たのは、暗い中に浮かぶ女の顔。女は緑の長い髪と緑の瞳、特徴的な尖った耳を持っていた。
それは、レキアントの特徴と全く同じだった。
レッドはすぐに距離を取ろうと、身体に力を入れる。が、身体中に刺すような痛みが走り、すぐに力を抜いた。
「ぐぅあぁ……」
レッドの口から、思わず呻き声がこぼれる。
「申し訳ございません。すぐ離れます」
その言葉の通り、レキアントの姿はすぐに見えなくなった。代わりに、髭面の男が視界の中に現れる。
「よう、兄ちゃん。喋れるか?」
髭面の男は茶色い髪に同じ色の髭、そして、丸い耳の普通の男だった。
レキアントがいるのに、慌てている様子はない。
どういうことだ?
髭面の男がレッドをじろじろと見る。
「だいぶ怪我しているみたいだな。それにこの服……。お前、大道芸人か何かか?」
訳の分からない状況に、レッドは何と言えばいいのか分からず黙り込んだ。
「傷のせいで喋れないのか? お前ついているぜ。旦那様の気まぐれで、お前を拾ってやれってよ。おい、ノイン!」
「はい」
さっきのレキアントの声が、近くで聞こえた。
「こいつを荷台に乗せとけ。雨で汚れているから、他の荷物を汚さないようにしろよ」
「はい。かしこまりました」
髭面の男と代わり、レキアントがレッドの視界に顔を出す。
「失礼致します」
そう一言断ってから、レキアントはレッドの身体を引き上げた。
「ぐうぅ……」
身体を動かされたことで、レッドは身体の痛さにまた呻く。まるで、身体中が悲鳴を上げるようだった。痛みに、レッドの視界はくらくらする。
「申し訳ございません」
またレキアントが謝った。
何故……?
レッドは混乱していた。
あんなに暴れ回っていたレキアントが、何故こんなにも低姿勢なのか。
レキアントがレッドの腕を自分の肩に回す。
「荷馬車までお連れ致します」
レキアントはレッドの傷を気遣うように、慎重に歩き出した。身体は辛かったが、レッドも足元を見ながら一歩ずつ歩き出す。レキアントに気を使われるなど、受け入れがたい状況だったが、ボロボロの身体で拒否することは出来なかった。
「荷馬車はすぐそこです。それまでご容赦を」
レキアントの声は、レッドの耳に優しげに聞こえてきた。
どうして……。
この女のレキアントは、戦っていた男のレキアントと比べ、迫力が全くない。それどころか、殺気をまるで感じないのだ。
「おい、早くしろ! 旦那様を待たせるな!」
髭面の男がレキアントに怒鳴る。
「はい!」
レッドの身体を気遣いながらも、レキアントは荷馬車に急いだ。
急いだことでレッドの身体は大きく揺れ、また身体中に激痛が走る。痛みに思考を遮断されるが、レッドはある可能性を必死に考えていた。
それは、レキアントがどこかの政府か組織に命令されて、破壊活動をしているのではないかということ。
どう見ても、この女のレキアントは髭面の男にあごで使われている。
レキアントが命令される側だったというのなら、この状況も納得出来る。
しかし、そうなるとレキアントは世界政府に気付かれず、どうやって生活していたのだろうか。
レッドは痛む身体に鞭打ち、ゆっくりと顔を上げた。
レッドの目には、闇の中に沈む木々と土で舗装された道、そして、馬で引かれた荷馬車が三台映っていた。
レッドがさっきまで戦っていた崩壊したビル群の街並みとは、全てが違う。
ここはどこだ?




