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『……きて』

 レッドの頭に何かが響く。

 とても懐かしい。

 覚えのある声。

『……起きて。早く!』

 気付いた途端、その声はレッドの頭の中に、ガンガンと鳴り響く。

『レッド! 目を覚まして!』

 レッドはカッと目を見開いた。

 空にはビル群が広がり、足の下にはどこまでも青が広がる。世界は反転していた。レッドの身体に、上から力強く風が当たる。そして、腕の中にはレキアンがいた。

 レッドはレキアンを強く抱き締め、改めて周りを見る。

「ここは……!」

『レッド! レッド!』

 頭に響く懐かしい声。それは、ピンクの声だった。

「ピンク?」

『レッド! 気付いたのね! 早く力を使って!』

「力……?」

『今あなたは落下しているの!』

 世界は反転しているわけではなく、レッドは頭を下にして、地面に向けて高速で落下していた。慌てて動こうとするが、身体が軋む。痛む身体で必死に空を掻き、レッドは頭を上げて身体を平行にした。風への抵抗が増えたことで、地面へと向かうスピードが若干落ちる。

 地面はまだ遥か先。ビル群は小さく、ピンクの姿を確認することもできない。つまり、レッドが力を使えるような物体も、この場にはないということだった。

 能力を使うには、もっと地面に近付いてからでなくてはならない。しかし、この速さのまま、能力の範囲まで地面に近付けば、能力を使っても、地面に叩き付けられる可能性が高い。

『いきなり姿を消したと思ったら、急にもっと高い位置から現れるなんて、どうなっているのよ!』

「俺はどれくらい消えていた?」

『八分ぐらいよ。凄く驚いたんだから!』

「たった八分……」

 レッドは向こうの世界で、とても八分では収まらない日常を送ってきた。あの黒い穴は、時間軸をかなり狂わせるようだ。

『レッド気を付けて。あなたの方にレキアントが向かったわ!』

 この世界のレキアントはライリーのはずだ。腕の中にいるレキアンの兄が、こちらに向かって来ているということになる。

 レッドがライリーの姿を探そうとした時、レッドの下方に緑色の二重の円が現れた。レキアンが力を使えるはずがない。ということは、この円を発現させたのはライリーだ。

 レッドはとっさに身体を丸め、レキアンをかばうように円に背を向ける。衝撃を覚悟して、ギュッと目をつぶった。

 背中には、レッドが思っていたような強い衝撃はなかった。その代わり、柔らかな感触が数度に分けてレッド達を包む。そして、落下による風がレッドに強く打ちつけていたのに、優しく撫でるような風に変わった。

『レッド逃げて!』

 ピンクの声に目を開くと、レッドの目の前にはライリーがいた。ライリーはレッドの腕の中にいるレキアンを見ている。

 レッド達はビル群の少し上の辺りまで、落ちて来ていた。足元には二重の円があり、そこから風が吹き上げ、レッド達を空に浮かしている。

「レキアン……?」

「……お前。ライリーだな」

 ライリーはレッドの言葉を聞くと、睨み付けてきた。そして、レキアンに手を伸ばす。

「レキアンを返せ!」

 レッドは抵抗せず、ライリーにレキアンを渡した。すると、足元にあった二重の円が消える。どうやらライリーは、レッドの腕の中にいるレキアンに気が付いて、レキアンを助ける為にレッドの身体を浮かせていたようだ。レッドは急いで能力を使い、一番近いビルの上から、瓦礫を呼び寄せる。その瓦礫の上に乗り、改めてライリーと対峙した。

「レキアン? レキアン?」

 ライリーは必死にレキアンを揺さぶっている。レキアンは目を閉じ、ライリーの声には反応しない。反応するわけがない。レキアンは死んでいるのだから。

「レキアン? ……レキアン」

 ライリーがレキアンを強く抱き締めた。レキアンが死んでいると分かったようだ。

「……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。人間は残らず殺してやる!」

 天に向かってライリーが叫んだ。そして、レキアンを抱き締めているのと反対の手を、空に向けた。その空に、今まで見たことがないほどの大きな円が現れた。辺り一帯を覆うような赤色の円で、それが発動すれば、被害は甚大なものになるだろう。

 この下にはピンクや仲間達がいる。今から逃げたとしても間に合わない。

 だが、ここがレッドのチャンスでもあった。

 レッドはライリーの後ろにすばやく回り込み、後ろから掴みかかる。ライリーの胴体に左腕を回し、しっかりとくっ付いた。

「な、何を」

 レキアンを抱いているライリーは、レッドからうまく離れることが出来ない。

「ピンクごめん。妹を頼む」

『レッド何をする気?』

 レキアンが死んだ時点で、ライリーの説得は不可能となっていた。

 ライリーを向こうの世界に戻しても、今度は仲間とともに、住みやすい世界を求めて押し寄せて来るだろう。

 そして、妹が死ぬ原因となった人間を根絶やしにする。

 それは、レッドも兄だからこそ分かることだった。

 ライリーを生かす道は、残されていない。

 今のレッドが出来ることは、一つしかなかった。

「離せえぇ」

 暴れるライリーを掴んだまま、レッドは後ろに意識を集中させる。

 後ろには、レッドが飛ぶのに使っていた瓦礫があった。三角形で一部が特に尖っている。今からレッドがすることに、おあつらえ向きの形だった。

「君の兄を助けられなくてごめんレキアン」

 鈍い音とともに、レッドの身体を瓦礫が貫いた。レッドの口から血が溢れ出る。

「ぐああぁ」

 ライリーが苦悶の表情を浮かべ、呻き声を上げた。瓦礫はレッドの身体を貫通し、ライリーの身体をも貫いていた。

 空に広がっていた円が消えていく。ピンク達の危機は去った。

 ライリーの身体が傾ぎ、三人は空を落ちる。

 薄らいでいく意識の中で、レッドはピンクの悲鳴を聞いたような気がした。

 けれども、それに答える力は、レッドに残されていない。

 どうか幸せに

 レッドはそう願い、意識を手放した。

 こうして、レッドの活躍により、人間に平和が訪れた。

 レッドの仲間達も、無謀な戦いに命をかけることはなくなった。

 人口が半分以下にまで減ったことと、世界が壊滅状態になったことで、能力者達の環境に変化が訪れるが、それをレッドが知ることは一生ない。






end

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