15
『……きて』
レッドの頭に何かが響く。
とても懐かしい。
覚えのある声。
『……起きて。早く!』
気付いた途端、その声はレッドの頭の中に、ガンガンと鳴り響く。
『レッド! 目を覚まして!』
レッドはカッと目を見開いた。
空にはビル群が広がり、足の下にはどこまでも青が広がる。世界は反転していた。レッドの身体に、上から力強く風が当たる。そして、腕の中にはレキアンがいた。
レッドはレキアンを強く抱き締め、改めて周りを見る。
「ここは……!」
『レッド! レッド!』
頭に響く懐かしい声。それは、ピンクの声だった。
「ピンク?」
『レッド! 気付いたのね! 早く力を使って!』
「力……?」
『今あなたは落下しているの!』
世界は反転しているわけではなく、レッドは頭を下にして、地面に向けて高速で落下していた。慌てて動こうとするが、身体が軋む。痛む身体で必死に空を掻き、レッドは頭を上げて身体を平行にした。風への抵抗が増えたことで、地面へと向かうスピードが若干落ちる。
地面はまだ遥か先。ビル群は小さく、ピンクの姿を確認することもできない。つまり、レッドが力を使えるような物体も、この場にはないということだった。
能力を使うには、もっと地面に近付いてからでなくてはならない。しかし、この速さのまま、能力の範囲まで地面に近付けば、能力を使っても、地面に叩き付けられる可能性が高い。
『いきなり姿を消したと思ったら、急にもっと高い位置から現れるなんて、どうなっているのよ!』
「俺はどれくらい消えていた?」
『八分ぐらいよ。凄く驚いたんだから!』
「たった八分……」
レッドは向こうの世界で、とても八分では収まらない日常を送ってきた。あの黒い穴は、時間軸をかなり狂わせるようだ。
『レッド気を付けて。あなたの方にレキアントが向かったわ!』
この世界のレキアントはライリーのはずだ。腕の中にいるレキアンの兄が、こちらに向かって来ているということになる。
レッドがライリーの姿を探そうとした時、レッドの下方に緑色の二重の円が現れた。レキアンが力を使えるはずがない。ということは、この円を発現させたのはライリーだ。
レッドはとっさに身体を丸め、レキアンをかばうように円に背を向ける。衝撃を覚悟して、ギュッと目をつぶった。
背中には、レッドが思っていたような強い衝撃はなかった。その代わり、柔らかな感触が数度に分けてレッド達を包む。そして、落下による風がレッドに強く打ちつけていたのに、優しく撫でるような風に変わった。
『レッド逃げて!』
ピンクの声に目を開くと、レッドの目の前にはライリーがいた。ライリーはレッドの腕の中にいるレキアンを見ている。
レッド達はビル群の少し上の辺りまで、落ちて来ていた。足元には二重の円があり、そこから風が吹き上げ、レッド達を空に浮かしている。
「レキアン……?」
「……お前。ライリーだな」
ライリーはレッドの言葉を聞くと、睨み付けてきた。そして、レキアンに手を伸ばす。
「レキアンを返せ!」
レッドは抵抗せず、ライリーにレキアンを渡した。すると、足元にあった二重の円が消える。どうやらライリーは、レッドの腕の中にいるレキアンに気が付いて、レキアンを助ける為にレッドの身体を浮かせていたようだ。レッドは急いで能力を使い、一番近いビルの上から、瓦礫を呼び寄せる。その瓦礫の上に乗り、改めてライリーと対峙した。
「レキアン? レキアン?」
ライリーは必死にレキアンを揺さぶっている。レキアンは目を閉じ、ライリーの声には反応しない。反応するわけがない。レキアンは死んでいるのだから。
「レキアン? ……レキアン」
ライリーがレキアンを強く抱き締めた。レキアンが死んでいると分かったようだ。
「……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。人間は残らず殺してやる!」
天に向かってライリーが叫んだ。そして、レキアンを抱き締めているのと反対の手を、空に向けた。その空に、今まで見たことがないほどの大きな円が現れた。辺り一帯を覆うような赤色の円で、それが発動すれば、被害は甚大なものになるだろう。
この下にはピンクや仲間達がいる。今から逃げたとしても間に合わない。
だが、ここがレッドのチャンスでもあった。
レッドはライリーの後ろにすばやく回り込み、後ろから掴みかかる。ライリーの胴体に左腕を回し、しっかりとくっ付いた。
「な、何を」
レキアンを抱いているライリーは、レッドからうまく離れることが出来ない。
「ピンクごめん。妹を頼む」
『レッド何をする気?』
レキアンが死んだ時点で、ライリーの説得は不可能となっていた。
ライリーを向こうの世界に戻しても、今度は仲間とともに、住みやすい世界を求めて押し寄せて来るだろう。
そして、妹が死ぬ原因となった人間を根絶やしにする。
それは、レッドも兄だからこそ分かることだった。
ライリーを生かす道は、残されていない。
今のレッドが出来ることは、一つしかなかった。
「離せえぇ」
暴れるライリーを掴んだまま、レッドは後ろに意識を集中させる。
後ろには、レッドが飛ぶのに使っていた瓦礫があった。三角形で一部が特に尖っている。今からレッドがすることに、おあつらえ向きの形だった。
「君の兄を助けられなくてごめんレキアン」
鈍い音とともに、レッドの身体を瓦礫が貫いた。レッドの口から血が溢れ出る。
「ぐああぁ」
ライリーが苦悶の表情を浮かべ、呻き声を上げた。瓦礫はレッドの身体を貫通し、ライリーの身体をも貫いていた。
空に広がっていた円が消えていく。ピンク達の危機は去った。
ライリーの身体が傾ぎ、三人は空を落ちる。
薄らいでいく意識の中で、レッドはピンクの悲鳴を聞いたような気がした。
けれども、それに答える力は、レッドに残されていない。
どうか幸せに
レッドはそう願い、意識を手放した。
こうして、レッドの活躍により、人間に平和が訪れた。
レッドの仲間達も、無謀な戦いに命をかけることはなくなった。
人口が半分以下にまで減ったことと、世界が壊滅状態になったことで、能力者達の環境に変化が訪れるが、それをレッドが知ることは一生ない。
end




