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 診察が終わって、レッドは診療所の向かいにある食堂で、レキアントの少女を待っていた。入口近くの席に座り、少女が入って来てもすぐに分かるように、入口の扉をずっと見ている。

 レッドが店に入ってから、すでに十五分は過ぎていた。飲み物だけで粘るのも、そろそろ限界だ。

 店員の視線が痛くなってきた頃、ようやくレキアントの少女が入って来た。

「お待たせ致しました。場所を変えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「いいけど、ここじゃダメなのか?」

「私達には使うことを、許されていませんので」

 少女にそう言われて、レッドは店の中を見渡した。日に焼けた屈強そうな男や泥で薄汚れた男、楽しげに食事している男女等はいるが、ここで食事をしているレキアントは一人もいない。

 普通の大衆食堂といった感じの店だったが、そんな場所にさえも、レキアントの居場所はないのだ。

「分かった。移動しよう」

 レッドは少女の後について店を出た。

 少女は大通りを港の方向に進むと、診療所とは別の路地に入った。診療所の路地とは違って屋根がないせいか、ここの路地は明るい。建物には扉がなく、ただの通り道といった感じだった。

 少女は何も喋ることなく、無言でレッドの先を歩く。

 どこに連れて行かれるのだろうか?

 L字型になっている道を曲がると、そこは行き止まりだった。木箱が乱雑に積まれている。

「この上です」

 少女は行き止まりの先、二階建ての建物の上を指で示している。

「え?」

 戸惑うレッドを置き去りにして、少女は木箱を足場に、ひょいひょいと上に行ってしまった。

「早くして下さい」

 建物の上に到着した少女が、レッドを見下ろしながら言う。

 何だかさっきと態度が違うような。

 違和感を覚えながらも、レッドは少女と同じように、木箱を足場にして上る。

 建物の上に出ると、この周辺の建物が二階建てしかないということもあり、すっきりと遠くまで見渡せた。港の方を見ると、船の帆の部分が、屋根越しに見える。

 少女は足場にした、身体より大きな木箱を一つ掴むと、レッドの向かい側に置き、その上に座った。足は下に届いていない。

「珍しいタイプってのは本当なのね」

 木箱の上で足を組んだ少女は、この世界のレキアントらしからぬ喋り方で話し始めた。

「珍しいタイプ?」

「私達をぞんざいに扱わない。こんな態度を取られたら、普通の人間はブチ切れているわよ」

 それはレッドがこの世界の人間ではないからだ。そんなことレッドにはどうでも良かった。今はこの少女が何を知っているのか聞きたい。

「で、君は何故レキアントを知っているんだ?」

「レキアント? 間違っているわよ。レキアントじゃなくレキアン。名前を間違えるなんて失礼じゃない」

「レキアン?」

「レキアンは優しくしてくれるって、嬉しそうに話していたのに、何だかずいぶんイメージと違うわね」

 少女は眉を寄せ、口をへの字に曲げて不満を表す。

「ちょっと待ってくれ。いったい何の話だ?」

「何の話ってレキアンの話よ。あなたの屋敷で働いている、私と同種族の女の子」

 レキアントと同種族で、屋敷で働いている。レッドに思い当たるのは、一人しかいなかった。

「……ノイン?」

「そうよ。っていうか名前知らなかったの?」

「俺はノインが名前だと……」

「それは、私達を管理する為の番号。私にもイチって付いているけど、これで呼ばれるのは大っ嫌い」

 心底嫌だというように、少女の顔が歪む。

「まあ、レキアンはあまり気にしていないみたいだけどね。私はレキアンと違って、大きくなるまで逃げていられたから、この状態に嫌悪感しかないわ。逆らうことが出来ないから、従っているまでよ」

 腕を組み、少女はフンと鼻息荒く出す。

「レキアンは物心付く前に、お兄ちゃんのライリーと一緒に攫われて、あの屋敷に来たって言っていたわ」

「攫……われ?」

「ああ、そっか。あなた記憶喪失だったわね。今は攫われてから生まれた世代の方が多いけど、隠れて暮らしている仲間もまだいるの。極わずかだけどね。私とレキアンとライリーは珍しい自然生まれ。人間に見付からないよう森の奥深くで暮らしていたけど、結局、捕まってここにいるってわけ」

「逃げようとかは考えないのか?」

「それを人間のあなたに言われたくないけど、記憶喪失ってことだから許してあげるわ。私達は逃げられないの。仲間の命がかかっているからね。一人が逃げれば、この首輪が十人の仲間の首を文字通り絞める」

 少女は顔を上げ、首に巻かれた黒のチョーカーをレッドに見せつける。

「この首輪は、私達の力を制限することも、力を勝手に発動させることも出来る。対象は首輪をしている本人限定だけど、制裁と称して激痛を走らせることぐらいは簡単に出来るわ。首輪をはめられた時点で、私達はおしまいなのよ」

 レッドは自分の赤いチョーカーに触れた。

 首輪は従わせる為の枷。

 レッドの胸が締め付けられる。

 同じだ……。

 同じなんだ……。

 レキアントは俺達と同じなんだ。

「それより、レキアンの話よ。私はレキアンが、屋敷でどうしているか聞きたいの。ライリーが死んでしまって、レキアンを守れるものが誰もいなくなってしまったし……。あの屋敷で、ライリーは酷いことをさせられていたから、レキアンもそれをやらされていないか、心配なのよ」

「酷いこと?」

 少女の言葉を聞いて、レッドはノインの腕にある痣を思い出した。ノインはレッドの知らないところで、何かをやらされている。レッドに隠したくなるような何かを。

 不安がレッドの胸をよぎる。

「ライリーは屋敷の主人が開催する裏賭博の為に、人間と戦わせられていたの。しかも、能力を制限されたままでの殺し合い」

 少女の口から出た言葉は、レッドが思っていたよりもずっと重いものだった。

 何てことをさせていたのだと、レッドは怒りがわいてくる。

「そして、もっとも許せないのは、ライリーに禁忌を犯させたこと。そのせいで、ライリーは死んだのよ」

 少女は少し俯き、顔に暗い影を落とす。

「禁忌?」

「私達は人間と違い、仲間を愛する種族。仲間同士の争いを好まないし、能力を使っての傷付け合いは、最大のタブーとして言い伝えられてきた。もしそれを犯せば、闇が我が身を消滅させるだろうと」

 少女は顔を伏せたままで、表情は見えなかったが、声は震えていた。

「私はライリーが禁忌を犯した日、医者に連れて行かれて、その場にいたの。ライリーと他の仲間が、戦わされている場に。ライリーが戦わなければ、レキアンを殺すと言われていた。もう一人の仲間の方も、弟を殺すと……。二人は戦い、ぶつかり合った攻撃は、闇を生み出した。それに、ライリーは吸い込まれ……、消滅したのよ……」

 少女は最後の言葉を、とても言いにくそうに吐き出した。

「人間のバカどもは、戦わせても死ななければいいって、思っていたみたい。ライリーの件以降、仲間同士で戦わせられることは、なくなったわ。でも、ライリーの命はもう戻らない」

 俯いたままの少女の身体が震えている。悲しみの為か。怒りの為か。もしかしたら、その両方かもしれない。

「だから、レキアンも何か無茶なことをさせられていないか、心配いいいいいい」

 喋っていた少女の身体が、急に痙攣しだした。身体が縮こまりながら反り返る。少女には尋常じゃない、何かが起こっていた。

 全く前兆もなく、痙攣を始めたことに、レッドは混乱する。

「どうしたんだ!」

 レッドが少女に駆け寄ろうとした時、少女の身体が、プツンと糸が切れたように倒れた。

 レッドは慌てて、少女を抱き起こす。

 ぐったりとした少女は、レッドの腕の中でパチリと目を開けた。そして、地獄の底から絞り出したような低い声で叫んだ。

「……あんのど腐れ医者がぁ!」

「……え?」

 先ほどの痙攣なんてなかったかのように、少女は身体を立てて、ひょいと木箱から飛び降りた。

「驚かせてごめん。これ、あの医者が呼んでいる合図なの。用がある時に近くにいないと、すぐ首輪に激痛を流すのよ」

 チョーカーの辺りを擦りながら、少女は申し訳なさそうに言った。

「レキアンの話が聞きたかったのに……」

 少女はため息を吐く。そして、レッドをビシリと指差した。

「あなた、また来なさい。で、私にレキアンのことを報告して。いいわね」

 それだけ言って、少女は来た道を走って戻って行った。

 少女はいなくなってしまったが、レッドは少女のいた場所を見つめながら考えていた

 少女の話に、引っかかることがあった。

 闇に吸い込まれ、消滅。

「……似ている」

 レッドは無意識に呟く。

 攻撃がぶつかり合い生まれた闇というのは、元の世界でレキアントと戦った時に現れた、黒い穴と状況が似ていた。黒い穴に吸い込まれ消えたレッドは、周りから見たら消滅したように見えたのではないだろうか。

 そう思い至った時、レッドは悲しい事実に気が付いた。

 元の世界に現れたレキアント。

 あれは、ライリーだ。

 そして、俺でもある。

 真上を通り過ぎて傾き始めた太陽が、建物の上に一人立つレッドをジリジリと焼く。

 レッドの足元の影は、ゆっくりと長くなり始めていた。


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