11ー2
このまま診療所に行くか。
先ほど空を見上げた時に気が付いたが、太陽が真上に近い位置に来ていた。
本探しに時間を使い過ぎたようだ。
診療所は港に近い路地の中だと聞いている。中央通りを真っ直ぐ行けば、分かりやすく看板が出ているとも言っていた。
とりあえず、レッドは人混みの中を、中央通りに向かう。中央通りにも露店は出ており、かなり混雑していた。
上の方を見ながら、レッドは人の間を縫うように進む。
二階建ての四角い建物の壁には、色々な看板が取り付けられていた。看板にはイラストが描かれ、何の店か一目で分かるようになっている。
レッドはその看板を見ながら、診療所を探した。
港の近くということは、もう少し奥だろうか?
人混みの隙間から、帆船が見えてくる。海が近い。
そろそろ診療所が見付からないとおかしい。
そう思った時だった。
「ぎゃあああああああ」
叫び声が聞こえ、路地からガタイの良い男が飛び出してきた。勢いそのまま、男はゴロゴロと道に転がり、男を避けて人混みが割れる。
「や、やめろ! 俺は人間だぞ! 言うことを聞け!」
男は右足に包帯を巻いていた。その右足をかばいつつ、地面に尻を付けたまま後退りし、路地の中の誰かに向かって叫んでいた。
その路地から、緑の髪を二つに結んだ少女が出て来た。長袖に膝丈のスカート。そこにエプロンを付けただけという簡素な格好の、まだあどけなさを残す可愛らしいレキアントの少女だった。
「申し訳ございません。主人の命令ですので」
無表情のまま男に近付き、少女は何倍もあろうかという巨体を軽々と持ち上げた。男をお姫様抱っこにして、路地の中に戻って行く。
「やめてくれえええええ」
腕の中で大暴れする男とともに、少女は路地に消えていった。男を避けて丸く開いていた場所も、人の流れの中に消えていく。一分とかからず、元通りの騒がしい大通りに戻っていた。男の行方を気にするものなど誰もいない。
レッドは、男と少女が出て来た路地の入口にある看板を見る。
上から三つ目の看板に、注射器と聴診器のイラストが描かれていた。
「……診療所はここか」
レッドは路地の中を覗き込んだ。
男と少女はすでにおらず、人気はない。活気に満ちる大通りと違い、薄暗い路地はひっそりとしていた。屋根が路地まで延び、太陽の光があまり入らないせいか、若干涼しい。
「この中か……」
とても気が進まなかったが、レッドは路地の中をゆっくりと前に歩き出す。
薄暗いが、道が汚いということはない。ゴミはなく、キレイに掃かれていた。
もし汚かったら、診療所に行かずに帰るところだ。
レッドは前を見る。
建物の扉は、左側にのみ取り付けられていた。扉にもイラスト付きの看板がかけられていて、路地を進んで三つ目の扉に、注射器のイラストが描かれた看板を見付けた。
「ここだな」
レッドは先ほどの男を思い出す。
何だか扉を開く気になれない。
中では何が繰り広げられているのか……。
レッドは覚悟を決め、扉のノブに手をかけた。それを、勢いよく開く。とたんに、消毒液の匂いが溢れ出した。レッドはその匂いにむせる。
「どうぞお入りくださいー」
レッドの咳き込む声で、扉が開いたことに気が付いた先ほどの少女が、こちらを見ずに中に入るよう促す。少女は道で騒いでいた男を、床に敷かれた布の上に寝かせているところだった。床には他にも男達が寝かされていて、床は寝ている六人の男達でいっぱいになっていた。
レッドは扉の前に突っ立ったまま、道で騒いでいた男を見る。男はぐっすりと眠りに付き、すっかり大人しくなっていた。
あんなに興奮していて、すぐに寝られるとは思えない。
いったい何をされたのか。
レッドは深く考えないよう頭を振り、考えを追い出した。
「いかがされました?」
男の相手が終わったのか、いつの間にか少女がレッドの前に立っていた。
「あ、いや、今日、昼までに来るよう言われていたのだけど」
「……お屋敷の方ですか?」
少女の緑の瞳が、じっとレッドを見つめる。
「そう、記憶喪失の……」
見つめられていることに少し戸惑いつつ、レッドは肯定する。
「……少々お待ちください」
少女は部屋の中を仕切るように置かれているカーテンの中に入って行き、すぐに出てきた。
「診察出来るそうです」
レッドが通れるように、少女はカーテンの端を持って捲る。カーテンの奥には棚があり、その手前に、薄汚れた白衣を着た老人が、イスに座っていた。
「ありがとう」
少女の前を通りながら礼を言い、レッドはカーテンをくぐる。すると、服の裾をくっと掴まれる感覚があった。
何だろうと振り返ると、少女と目が合った。下に視線を移すと、レッドの服の裾を掴んでいる少女の手が目に入った。そして、少女はレッドに顔を近付けて小声で囁いた。
「レキアン……聞きたい……ります。終わり……向かいの店で……さい」
レッドは聞こえた言葉に驚いて少女を見返す。少女は軽く頭を下げると、レッドの返事を聞かずにカーテンを閉めた。
レッドは呆然とする。
声が小さすぎて聞こえない部分もあったが、レッドにはレキアンと聞き取れた。
もしかして、レキアントと言っていたのか?
この世界で、ノイン達はレキアントとは呼ばれていない。レッド達の世界で、勝手に付けられた名前だ。
あの少女は何かを知っているのか?
「早く座りなさい」
老人が、動かないレッドに声をかける。
「あ、すみません」
レッドは慌ててイスに座る。
その後、レッドは医者に色々と問診されたが、全てうわの空だった。




