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11ー1

 レッドは屋敷から街へ向かっていた。森を切り開き、固められただけの土の道を黙々と歩く。

 レッドを一度診察してくれた医者の診療所は街にあり、レッドは昼までに診療所へ来るように言われていた。

 屋敷から街までは徒歩で一時間ほどかかる。レッドは早めに屋敷を出ているので、歩いて診療所に向かっても、時間には余裕がある。が、車での移動に慣れたレッドには、徒歩一時間がおっくうに感じられた。

 レッドは立ち止まり、キョロキョロと周りを見渡す。

 右も左も木々が続き、生い茂る葉の間から、まだらに陽光が道に降っている。時折、鳥の声が聞こえ、なんとものどかな光景だった。

 レッド以外に人影もない。

「大丈夫……だな」

 レッドは道を外れ、森の中に入る。そして、足元をくまなく見て、あるものを探した。

「ああ、あった」

 レッドが拾い上げたのは、手首ほどの太さがある木の棒だった。

 レッドは能力を使い、街まで空を飛んでいく気でいた。

 誰かがいる時は使えない方法だが、今は誰もいないのだから使わない手はない。

 持っている木の棒をじっと見つめ、腰の高さで固定する。そこに腰掛け、レッドはそのまま空に飛んだ。森を抜け、あっという間に地面が遥か下になる。

 空からの眺めは壮観だった。

 下に広がる森は、後方にどこまでも続き山と交わり、その山もまたどこまでも連なり、一面緑で溢れている。前方には濃い青の海が、視界の限界まで目に入って来る。視界を邪魔するものなど何もない。元の世界では考えられないほどの自然が、レッドの眼前にあった。

 その中を、レッドは風を切りながら飛ぶ。風には潮の匂いが含まれ、少し纏わりつく感じがしたが、レッドはそれさえも楽しんでいた。

 向こうの世界では、研究所から出られる機会があまりなかったし、これからも外の世界を楽しむことはないだろうとレッドは思っていた。

 ピンク達にも見せてやりたい。

 レッドは飛びながらそんなことを思う。

 もし、皆でこの世界に来られたら、きっと自由で、何ものにも縛られない暮らしが出来るだろう。

 だが、帰ることもままならないレッドに、その願いを叶えることは出来ない。

 だんだんと気分が落ち込んでくる。

 レッドは頭を振って、その気分を追い出した。

 早く街に行こう。

 レッドはスピードを上げた。

 平地にある街にぐんぐん近付いていく。

 街への道は三本ある。屋敷から続いている一本と、街の左右から二本。街の向こう側は海で、その三本以外に街道はない。平地の中を通る街道の両脇は、ポツポツと民家があるだけで、ほとんどは農地になっていた。

 レッドは飛んでいるところを見られないように、街のだいぶ手前にある、ボロ小屋の裏に下り立つ。

 このボロ小屋に、誰も住んでいないのは調べ済みだ。

 棒を小屋に立てかけ、レッドは小屋の裏から街道に出た。街に向けて歩く。

 時間は半分以上、短縮出来ただろう。

 レッドが歩いていると、野菜の入った籠を背負っている人や、鍬を持って畑の間を移動している人とすれ違った。ここの道の周りには畑が多いせいか、すれ違うのは農作業中の人間が多い。

 雲一つない空からは、気持ちのいい日差しが降り注いでいる。

 農作業日和といったところか。

 街に近付くにつれ畑の数は減り、逆に民家が増え始めた。

 ここまでくれば、街までもうすぐだ。

 街の入口に建てられた門が見える。

 街は門の高さに合わせた塀に、ぐるりと囲まれていた。塀と言っても、外から家の屋根が見えるような高さの塀だ。戦争があった頃の名残らしく、今は野犬や害獣対策に使われているらしい。

 レッドは門をくぐり、街の中に入った。街の中は門の外と違い、家がところ狭しと建ち並んでいる。道も石畳で整備され、往来は人で溢れていた。

 レッドは街の奥へ進む。中央広場まで来ると、さらに人は増える。露店が出ているからか、活気に満ちていた。

 露店には本が出ていることがある。時間に余裕もあるので、レッドは露店を覗いていくことにした。

 露店には色々なものが売られている。野菜に魚に果物。布に刃物に日用品。よく分からない置物や、何に使うのか分からない大きな石も売られている。

 八つ九つと露店を流し見て、レッドはやっと本を売っている店を見付けた。本以外にも、色んなものを扱っている店だった。雑貨屋というところだろうか。

 店の前に立ち止まり、レッドは本を取ってパラパラと捲った。本の内容は文章よりイラストが多い。

「よう兄ちゃん。何をお探しだい?」

 いかつい店主が、レッドに話しかけてきた。

「ちょっと特殊な本を」

 レッドは見ていた本を、元の位置に戻した。本の内容は、フライパンや鍋のイラストばかりだった。どうやら料理の本だったらしい。

「記憶喪失について。または……。別の世界の話について、とか」

「記憶喪失? そんな専門的な本はねえな。別の世界……。は作り話の本か何かのことか?」

「いや、違う」

 別の世界について聞こうとすると、だいたいこんな返答が来る。

 この世界の他に、別の世界があるなど思いもしないだろう。

 元の世界にいた頃に、別の世界について聞かれていたら、童話か何かですかと答えていたと思う。それは、しかたがない。

「この店にあるのは、料理の本や農作業の本といった生活に関するものだけだ。兄ちゃんの探しているのはねえな」

「そうか。邪魔したな」

 レッドが店を離れようとした時、陳列台の手前にあるペンダントが目に入った。

 それは、丸い緑色の石をペンダントトップにした、シンプルなペンダントだった。

 レッドはペンダントを手に取り、日にかざす。半透明の石が光を通し、キラキラと輝いていた。

 緑色の煌めきが、ノインを思い出させる。

「これ、いくらだ?」

 レッドは緑色の石を、日にかざしながら店主に聞いた。

「んー、それは、三枚だな」

 レッドはズボンのポケットを探る。

 貰った給与が、まだ少し残っていたはずだ。

 レッドは半月分の給与を先にもらっていて、その金で元の世界に関係がありそうな本などを買っていた。

 ポケットの中身を掴み出し、手の中を見る。コインが五枚あった。

「じゃあ、これで」

 レッドはコインを三枚渡し、ペンダントを買った。

 本を買う為に、少しでも金は残しておきたかったが、ノインには世話になっているお礼がしたかった。ノインの仕事とレッドの仕事の時間帯はほぼ一緒で、仕事を手伝うことがなかなか出来ない。昨日も結局、手伝うことは出来なかった。手伝いで返すことが出来ないのなら、プレゼントで返そうとレッドは思ったのだ。

 今日、会った時に渡そう。

 渡した時のノインの反応を考えると、レッドの頬が勝手に緩む。

 ペンダントを胸ポケットにしまい、レッドは歩き出した。


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