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攻撃を受け、すでに半壊状態だったビルが倒れる。落ちてきたコンクリートが砂埃を巻き起こし、辺り一帯が灰色の粉塵で何も見えなくなった。コンクリートの破片が飛んでくるが、着ているスーツが衝撃を軽減してくれたおかげで、大きな怪我をせずにすんだ。身体の線にぴったり合わせて作られたスーツは仲間が作ってくれた特殊なスーツで、ある程度の衝撃は吸収してくれる。色は頭部を守るヘルメットと合わせて赤で統一されていた。
「レッド大丈夫?」
砂煙の向こうから、ピンクの声がレッドの耳に聞こえてきた。
「ああ、大丈夫だ。ピンクは平気か?」
砂煙の中から、全身を桃色で統一したピンクがレッドの方に来るのが見えた。しっかりとした足取りで、ピンクもスーツに守られたことが分かる。
「ええ、何ともないわ。ブルーとグリーンとイエローも無事」
「そうか、良かった」
レッド達五人は世界征服を狙う悪の怪人、レキアントと戦っていた。レキアントは半年前にどこからともなく現れ、各地でいきなり攻撃を始めた。宣言もなく攻撃を受けた都市はほぼ壊滅。強襲を受けたというのに、各国は自国の利益を優先してまとまることが出来ず、そのことで、さらにレキアントへの対応が遅れ、世界は国の数を半数に減らすほどの大打撃を受けることとなった。しかし、国の数が減ったことで意見の相違も減り、皮肉にも世界はまとまることが出来たのである。
レッド達の所属する研究機関に通達が来たのもその頃だった。
レッド達は特殊な能力を持っている。レキアントも得体の知れない能力を使い、通常の軍事力では太刀打ち出来なかった。世界政府は能力のない人間では勝てないと判断し、レッド達に世界の明暗を預けたのである。
「レキアントはどこにいる?」
砂煙の中を、レッドは目をすがめてレキアントの姿を探した。
「わからない。視界が悪すぎるわ」
ピンクも前方を見ている。ビルが倒壊する前は、その辺りにレキアントがいた。レキアントの繰り出す攻撃は、レッド達のどの能力とも違っていた。レキアントの姿が見えないと、次にどんな攻撃が来るのか全く予想出来ず、レッドは治まらない砂埃に焦りを感じていた。
「とりあえず、俺が何か飛ばしてみる」
レッドは側に転がっていた、抱えるほどもありそうな大きなコンクリートの瓦礫に手をかざす。すると、その瓦礫が破片を落としながら浮かび上がった。レッドがかざした手を上げると、瓦礫も同じだけ浮かび上がる。レッドは前方に向けて腕を思い切り振った。同時に、瓦礫が一直線に前へ飛んでいく。砂煙の中に消えていった瓦礫はどこかに当たったようで、ガキンという大きな衝撃音と共に何かが崩れる音が聞こえてきた。どうやらレキアントにはぶつからず、どこかの壁に当たったようだ。
「さすがにさっきの場所にはいないようだ」
レッドの能力は手を触れずに物質を動かす能力。物質の大きさや数には制限があるが、大抵のものは動かすことが出来た。
「ちょっと待ってて。他から見えないか聞いてみるから」
ピンクが目を閉じて黙り込む。
ピンクの能力は頭の中に直接語りかけ、他人と対話する能力。三人以上の同時対話が不可能なことや、身体のどこかが接触したことがある相手としか対話出来ないなどの制限がある。
「ダメみたい。他の三人がいる場所も砂煙が凄いって」
「そうか」
視界が悪いうちは不用意に動けない。レキアントの能力はいまだ解明されておらず、その力は未知数だ。レキアントとの急な鉢合わせは避けたかった。
レッドがどうするか迷っていると突風が吹いた。砂が風に攫われ、視界が晴れていく。
腕で目をかばいながら、レッドは注意深く辺りを見た。
無数の瓦礫が散らばる道路。ガラスは全て割れ、コンクリートにヒビが入ったビルが両脇にどこまでも続く。その中に、人影は見えない。レッドとピンクは道路の中央でレキアントの姿を探した。
「レッド! あそこ!」
ピンクが斜め上の上空を指差す。レッドは指された先を見た。太陽の光の中に人影が見える。逆光でよく見えないが、この場にはレッド達五人とレキアントしかいない。ブルーとグリーンとイエローは空を飛ぶ能力を持っておらず、空を飛んでいるあの影は、レキアントで間違いないはずだ。
「俺が行く!」
崩れた瓦礫の上に乗り、レッドは瓦礫に右手を付いて力を込める。すると、瓦礫がレッドを乗せたままふわりと浮いた。
「待ってレッド! 一人でなんて危ないわ!」
ピンクの忠告を聞かず、レッドはさらに浮いていく。レッドが左手を振ると、手の平サイズの瓦礫が、レッドと共に浮かび上がった。
「レッド!」
ピンクの声が下の方から聞こえてくる。レッドはすでにピル三階ほどの高さにいた。下を見ると、ピンクがこちらを見て、心配そうな顔をしていた。
それを無視して、レッドはさらに宙を浮いていく。
ピルの遥か上、レキアントと同じ高さまで到達した。
ここからだと、周りの被害が良く見える。ピルなどの建物はほとんどが崩れ、道路もそこかしこで割れて、車が通れるような状態ではない。その車もひっくり返り、炎上している車体もあった。見える範囲全てがその様子で、まるで、大地震にでもあったかのような状況だった。遠くから爆発音が聞こえ、黒煙が上がるのが見える。被害はどんどん広がっていたが、この区画の避難はすでに済んでいる。人的被害はないのが不幸中の幸いだった。
レッドは正面にいるレキアントを睨み付ける。
レキアントは緑の髪と緑の瞳を持った男だった。マントで身を包み、人間とあまり変わらない姿形をしている。しかし、明らかに人間とは違う部分が一ヶ所あった。それは、耳だ。丸みを帯びた人間の耳とは違い、レキアントの耳は尖り、人間の耳の倍ほどは横に広がっていた。
レキアントがレッドを見る。すぐに動き出す気配はなく、レキアントもレッドの様子を窺っているようだった。
先制するには今しかない。
レッドがレキアントに向けて、左手を振る。すると、レッドの周りに飛んでいた瓦礫が、レキアントに向け一斉に飛んで行った。
「当たれ!」
レッドが叫ぶ。が、瓦礫はレキアントに当たらなかった。レキアントに当たる寸前、緑色の半透明な円のようなものがレキアントの前面に現れ、瓦礫は全てそこに当たり、下に落ちていった。
「くそっ」
レキアントへの攻撃は、全てあの丸い緑色の何かに防がれてしまう。特殊な防具か、それともレキアントの能力なのか、それさえも解明出来ていなかった。
レッドは次々と瓦礫を飛ばし続けた。倒壊したビルから瓦礫を補充し、それをレキアントに飛ばす。腕を振り、絶え間なく瓦礫を飛ばし続ける。しかし、その全てをレキアントに防がれてしまった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
通用しないことが分かっていても、レッドは瓦礫を飛ばし続けた。レッドにはそうするしかなかったから。他のメンバーには、ここまで攻撃が届くほどの遠距離型はいない。ヘリなどは飛ばしただけでレキアントに落とされる。レッド以外は、レキアントに近付くことさえままならなかった。
しかし、近付けるからといって、レキアントを倒す手段など、レッドには全くない。それでも、レッドはレキアントと戦うしかなかった。少しでも長く仲間を守る為に。レッドが死ねば、次の仲間が派遣される。レキアントを倒すまで、それは続く。そして、その派遣される仲間の中には、レッドの妹がいるのだ。妹の能力はレッドより劣る。こんな場所に出されたら、妹の死は免れない。それだけはどうしても避けたかった。
瓦礫を飛ばし続けていたレッドだったが、レッドの足元の瓦礫がぐらついたことで、意識が足場にそれた。瓦礫を飛ばすことに集中し過ぎてしまい、足元への力が疎かになり、足場への能力が切れかけたのだ。
レッドは慌てて立て直したが、足場へ意識がいったことで、瓦礫の攻撃が途切れてしまった。
この隙を、レキアントは逃さなかった。
レキアントの口が動き、何かを唱えた。すると、防御に使っていた円とは違う、赤色の円が現れた。円は二重丸となり、その内側に、細い文字のようなものが描かれていく。それが円を一周したとき、円が強い輝きを放った。円の中心から炎が生み出され、レッドに向かって飛び出してくる。
「くっ」
足元の瓦礫を操作し、レッドは瓦礫を大きく右に傾けて炎を避けた。炎が頭の真横を通り、レッドのヘルメットをかすめ、吹っ飛ばした。
「危なかった……」
レッドは瓦礫の向きを直し、足場を戻す。頬を伝う冷や汗を腕で拭った。




