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鮫シリーズ

鮫の人称

作者: 山通 雪グ

 春。桜の花が散り始めたうららかな火曜日。とある高校の屋上で俺は弁当を食べていた。弁当の中にはミートボール、卵焼き、ソーセージ。育ち盛りの男子高校生の大好物ばかりだ。俺はプラスチック製の箸を持って手を合わせた。


「いただきます」


 俺はミートボールに箸をのばす。


「いただきまーす」


 ミートボールは天上へ昇って行った。そのまま大きな空洞に吸い込まれる。


「おいしー」


 そこにいたのは俺と同じクラスの女子生徒、鮫だった。


「何やってんの」


「食事」


「自分のは」


「食べた」


 鮫はあっけらかんと答える。ミートボールを取ったことに何の罪悪感も抱いていないらしい。俺は鮫の態度に溜め息で答えた。


「何しに来たんだ」


「いつも屋上で1人でしょ? 寂しそうだなあと思って」


「余計なお世話だ。俺はここでスピーカーで音楽を聴きながら昼飯を食うのが楽しみで生きてるんだよ」


「へえ……そうなの」


 鮫はスピーカーを持ち上げて、小動物でも見るかのように舐め回すように見た。俺のスピーカーはちょうど手の上に乗っかるほどの小型のものだが、セットで3万円のそこそこ高価なものだった。俺は鮫の手からスピーカーを取り上げ、床にもう1度置き直した。


「触るなって。今から音楽流すんだから」


 音楽プレーヤーの再生ボタンが押され、技巧的なギターの前奏が流れる。流れたのはオリコンチャート5位だかそこらのラブソングだった。自動車会社のCMにも使われていて、日本人の誰もが聴いたことのあるような有名な曲だ。


「この曲、好きなの?」


「うん」


「どこが?」


「『ぼくにはきみしかいないんだ。またきみの心を手に入れたい』ってところかな」


「ふぅん……」


 鮫はくるくると回り踊りはじめる。片足を軸にくるくると、バランスが崩れたらもう片方の足に変えてまたくるくると。それを3度繰り返した後きゅっと立ち止まって手を後ろに組んだ。


「『きみ』って、そんなに大事?」


「え?」


「だから、『きみ』って――隣の二人称単数って、そんなに大事なのかなって」


「二人称、単数?」


「うん」


 鮫はふたたびくるくると回り始めた。一か所で3回転も4回転も回る。


「二人称複数が大事なのはわかるよ。友達とか、家族とか、大事だよね。私の人生にとって欠かせない人たちだよ。でも、二人称単数は、どうして大事なの?それも1番大事みたいな言い方をされている」


「それの、何がおかしいんだ?」


「だって、1番大事なのは自分でしょう?一人称単数よ」


「……」


 俺は押し黙った。


「どうせこの歌を歌っている人も、他の二人称単数にとりつかれたシンガーソングライターも、自分のために他人をたやすく裏切るのよ。そうでなければお涙ちょうだいな別れもないし、惚れた腫れたもないはずだもの」


 鮫は軸足を変えながらくるくる回る。さっきよりもより多く。5回転、6回転、7回転とどんどん回転数が増えていく。


「みんな本当にあの歌のように他人を愛せるの?数多くいる他人の中でたった1人だけを見出して引っ張り上げる原動力は何?」


 鮫は1か所で回り始めた。くるくるくるくるくるくるくるくる。


「おおっとっと」


 軸足がぶれ、鮫の身体が不規則に揺れた。鮫の体勢がどんどん崩れていく。


「危ない!」


 鮫の身体が地面に倒れる寸前で俺は鮫の腰に手を回して彼女を支えた。腰と腰が肉薄する。鮫の腰骨が俺の腰骨とコツコツ当たってくすぐったい。


「ありがとう」


「いや」


「ごいっしょに?」


「いや」


 俺は元居た場所に座った。そういえば俺は昼御飯を食べていたんだった。まだ鮫に食べられたミートボール1個分しか減っていない。

 俺は卵焼きを頬張った。卵と砂糖の甘味が口に広がる。思わず笑みがこぼれた。

 そんな俺をよそに、鮫は再び回り始めた。


「自分が1番大事なのよ。『きみ』なんて、性格の不一致とか、性器の不一致とかですぐバイバイしちゃうじゃない。自分は死ぬまで私のそばにいてくれる。『きみ』なんかよりよっぽど大事で、信頼できる人よ」


 俺は弁当を食べながら鮫の話に耳を傾ける。目を細め、口角をギリギリと横に引っ張って笑いながら――回っている。


「自分の世界は決して私を裏切らない! どんなに自分を嫌いになっても、いつか絶対に仲直りできる! 『きみ』なんて動物よ! お腹一杯になったらすぐ飽きてどこかに行ってしまう! この世界は、自分さえいれば他に誰も要らないのよ!!」


 鮫は天頂を仰ぎ、腕を限界まで広げて回り続けている。軸足が震えているが止まる気配はない。彼女の周りの空気が細い線になって彼女の腰にまとわりついた。一体何回転したのか、もう見当もつかない。

 だが鮫の言わんとしていることは大体見当がついた。


「要するにさ」


 俺は最後に残ったソーセージを口に突っ込んで、鮫を箸で差して言った。


「お前さみしいんだろ」


 鮫の回転が止まった。右腕を天頂に、左腕を地平線に向けている。鮫は瞳孔が開いた真っ暗な眼でまっすぐに俺を見つめて笑った。


「うん」


拝読ありがとうございました。

とある男子生徒と鮫のお話はこれからもちょくちょく書くつもりです。

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