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「どうします? 彼女の為に降りてこれそうですか?」


 落ち着いた表情で笑みを見せながら、執事さんは孝之を見上げて言った。

 返事に困って顔を引き攣らせている孝之に、見えない孝之を探してキョロキョロ店の中を見回す涼子さん。

 あたしは、ハラハラしながら三人の動作を交互に眺めているしかない。


「……余計な事言いやがって。俺はカンケーないって言ってるだろ!」

「だったら、尚更、お話するくらいならいいじゃないですか。彼女が希望しているのは間違いなくあなたですよ。それとも、メイドさんがいると話しづらい事?」

「うるせーよ」


 言われた孝之はチラリとあたしを見て、チッと舌打ちした。


 ヘっ!?

 あたしに聞かれたくないって事?

 ってか、チッってどーゆー意味!?

 あたしが邪魔って事は、やっぱり二股掛けてたんじゃないの!?


 頭に血が昇ったあたしは、思わず立ち上がった。

 状況が把握できない涼子さんだけが、ギョっとした顔であたしを見上げる。


「分かりました! あたしがいるために降霊できないなら、席外します。今日はこれで失礼します!」

「……だそうですが、どうします? 井沢君?」

「ちょ、ちょっと、何がどうなってるの!? 井沢先輩はここにいるの!?」

「いますよ! でも、あたしが邪魔だから出て来れないって言ってるんです。邪魔者は退散します! ではこれで失礼します!」

「では、メイドさんが帰ったら降りてもらいましょうか、ねえ? 井沢君?」

「ちょっと! もういるって、どこにいるんですか? 降りてくるってどうやって!?」

「あー! もー! うるせえ!!!!」


 パン!

 キレた孝之が怒鳴ったのと同時に、お馴染みになったラップ音が店内に響いた。

 途端にカウンターの上に乗っていたカプチーノのカップがパン!と割れて、中に入っていた液体がテーブルの上に広がる。

 その振動で窓ガラスがビリビリ音を立てた。

 それと同時に、カウンター越しににこやかに話をしていた執事さんが糸が切れたマリオネットのようにガクンと崩れるように倒れた。

 孝之が憑依したのだ。

 あたしには見慣れた光景だったけど、初めての光景にビックリした涼子さんは悲鳴を上げて椅子から飛び上がる。


「メ、メイドさん! この人、倒れちゃったわよ!」

「大丈夫です。今、涼子さんの希望された霊が降臨して、店長の体に憑依しました。後はお好きなように会話して頂けます。尚、料金は30分1万円、後は10分延長毎に千円加算されていきますので宜しくお願いします」

「高っ! 弁護士の面談並みじゃない」

「こちらも利益を追求しなければならない零細企業ですので……。では、あたしはこれで」


 一応、この店の従業員として、マニュアル通りの会計の説明をしたあたしは、ペコっと頭を下げてクルリと背を向けた。

 孝之が浮気相手とどんな会話するのかなんて、あたしは見たくない。

 それが、完全な嫉妬で、あたしが孝之にハマっちゃってると認める事になったとしても。


 ところが、店を出ようと一歩踏み出したあたしの手を涼子さんはグっと掴んだ。

 振り返ると、泣きそうな顔であたしに縋ってくる。

 美人の涙で潤んだ瞳は反則だ。

 孝之もこれにやられたに違いない。


「ちょっ、なんですか?」

「もう少し一緒にいてくれてもいいでしょ。いくら井沢先輩だからって、死んだ人と喋るの怖いじゃないの!」

「大丈夫ですよ。死んでるんですから今更、悪さしませんよ」

「でも、今、カップ壊れたじゃない!」

「エネルギーを制御できないのは霊が未熟な証拠ですよ。どっちにしろ破損したものの請求はあたしに来るんで大丈夫です」

「……おい、未熟で悪かったな」


 突然、背後で低い声がして、涼子さんはヒイッと叫んで飛び上がった。

 しばらく硬直したまま、目をギュっと瞑って唇を噛み締めている。

 本当に怖いんだ。

 ま、そりゃ、そうだろう。

 寧ろ、これが常人の反応だ。


 執事さんの体を完全に乗っ取った孝之はカウンターの中で腕組して、あたし達を見つめている。

 そして、さっきまであたしと話していたのとは別人のような優しい声で言った。


「怖がるなよ、佐々木。別に悪さはしないから」


 聞き覚えのある声に、涼子さんはハっと顔を上げてカウンターを振り向いた。

 正面から見つめ合う二人の視線が絡まる。

 な、なんなの、このシチュエーションは!?

 あたしは完全無視ですか????


 執事さんに入った孝之は、少し照れたような顔で涼子さんに笑いかける。

 その笑顔で緊張が解けたのか、彼女はフラフラとカウンターに近付いた。


「ほ、本当に井沢先輩なんですか?」

「そうだよ。信じるかどうかはお前次第だけど。久し振りだな。まだ走ってる?」


 その途端に、涼子さんの目から大粒の涙が零れ落ちた。

 孝之はそんな彼女を優しく見つめている。

 完全に二人きりの空間からャットアウトされたあたしはバカみたいにその場に突っ立っていた。

 彼女は美しい涙をハラハラと零しながら、泣きじゃくった。


「本当に井沢先輩だ……。私、先輩に会いたかったんです。亡くなられたって聞いて信じられなくて……それで、陸上部の仲間に聞いたんです。井沢先輩は婚約者に突然裏切られたショックで自殺したんだって。今日、このお店に来て先輩を呼んだのは、その婚約者が誰なのかを知りたかったからです」

「落ち着けよ、佐々木。今更、そんなの聞いてどうすんだよ?」


 なだめる様に声を掛けた孝之に、涼子さんはキッと顔を上げて正面から見据えた。


「私が先輩の代わりにその女を殺してやります。私、先輩の敵討ちしたいんです。だから教えてください! 誰が先輩を死に追いやったんですか!?」


……それって、もしかして!?

 彼女の話を聞きながら、あたしは自分が青褪めていくのを感じた。


 彼女は孝之の大学時代の陸上部の後輩なんだ。

 そして、孝之は失恋のショックで自殺した。

 つまり、あたしのせいってこと!?


 涼子さんのここに来た目的は婚約者だったあたしを殺す事だったんだ!



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