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アンティーク調の木製の扉がゆっくり開いて、今朝の来客、佐々木涼子さんが優雅な姿で現れた。
仕事帰りというのは本当だったようで、朝来た時と同じ服装をしている。
彼女のスラリとした長い足にチラリと視線を落として、執事さんが聞こえないようにヒュウっと小さな口笛を鳴らした。
世界共通の男のバカさ加減に、あたしはイラっとして彼を睨みつける。
涼子さんは、ゆっくりとカウンターに向かってくると、あたしの隣の椅子に浅く腰掛けた。
「今朝はお仕事中お邪魔してごめんなさい。あなたが「降霊」専門の店長さんですか?」
妖艶な笑みを浮かべて、彼女はあたしに軽く会釈してから、執事さんに向かって話しかける。
心なしか、今朝よりは機嫌がいいみたいだ。
最初に感じたツンケンした棘のようなものがない。
椅子に腰掛けた彼女の長い足が、隣に座っているあたしの前で優雅に組まれている。
フラミンゴのような優雅な姿をチラ見して、あたしは何故かドキドキしてしまう。
本物の美の迫力は性別を問わずに圧倒するらしい。
だが、ルックスだけなら彼女に負けてない執事さんは、怯むことなく切れ長の目を細めてニッコリ笑った。
「左様でございます、お嬢様。どなたの霊を御所望でしょうか?」
「まず、何か飲み物頂きたいわ。カプチーノいいかしら?」
「畏まりました、お嬢様」
執事さんは恭しく頭を下げてから、厨房に引っ込んだ。
あたしと二人きりでカウンターに残された涼子さんは、頬杖をついてしばしボンヤリと店内を眺めると、退屈凌ぎにあたしに話しかけてきた。
「あなた、朝もいたわね? ここの従業員なの?」
「え? はい、まあ。先月からですけど」
「あの店長さん、本当に霊感あるのかしら? 降霊なんて、私、初めてなんだけど信用していいの?」
「それは信用していいですよ。呼んでお話するだけなら、店長の十八番です。あ、でも『降霊』はいいけど、『除霊』はオススメしません」
「どうして?」
「ウチの店長は異常な憑依体質でして……アタッ!」
いきなり後頭部にポカッ!と拳の一撃を受けて、あたしは反射的に後ろを振り返る。
誰もいないその空間に、彼の気配を確かに感じる。
いつの間に戻ってきてたのか、姿を見せない孝之が、今、あたし達の後ろにいるのが分かった。
ウッキイィ!
ムカつく!
今日一日どっかに隠れてたクセに!
今、このタイミングで戻ってくるとは、どーゆー了見だ!
やっぱり、この人と知り合いなんじゃないの!?
怒り心頭のあたしの耳元に、彼の低い囁き声が聞こえた。
「バーカ。客に無駄な情報提供すんなよ。お前、店員のクセに営業妨害する気か? 店長がヘタレなんつったら客が不安に思うだろ? ただでさえ胡散臭いのに」
「まあ、そりゃ、そーだけど……ってか、アンタ、一日中どこ行ってたのよ?」
「今、そんなことカンケーねーだろ。てか、どこに行こうが、そもそもお前にカンケーねーよ」
「カンケーないって何よ! 心配したんだからね! 大体、あんたがヘタな嘘つくから気になるんじゃないの! 浮気してたなら初めっからそー言ってりゃいいのよ! この二股男!」
「あー、もー! いーから黙れって! お前、ホンットにバカだな。一人で喋ってるから、見ろ! 彼女がビビってる……」
言われて、ハッと気付いた。
横に座っている涼子さんが、いきなり一人で喋り始めたあたしを呆然と見詰めている。
し、しまった。
死んでる孝之が見えるのは、一部の人間だけなんだっけ。
最近、自分が『見える』霊感体質である事が分かったのだが、イマイチ自覚できていない。
どうしてあたしに見えている孝之が普通の人には見えてないのかが、理屈では分かっていても納得できてないんだ。
あたしは必死で取り繕うように、引き攣った造り笑いをする。
「あ、スイマセン! いきなり自分の世界に入っちゃって、タハハ!」
「もしかして、もう降霊が始まってるの?」
「い、いや、まだですよ。それは店長がいたしますので……今のはあたしの独り言ですってば」
「嘘! あなた、今、誰かと話してたじゃないの。もしかして井沢先輩もうここにいるの!?」
完全にテンパってしまった涼子さんは、椅子から腰を浮かせてキョロキョロと不安げに周りを見回す。
もちろん、井沢孝之が本人の真後ろでブツブツ言ってるのは見えていない。
その時、姿を隠してた孝之がフワリと現われた。
困った顔で茶髪を掻き上げ、腕を組む。
って、カッコつけてる場合じゃないでしょーよ!
その時、トレイにカプチーノのカップを載せた結城店長がカウンターの中に入ってきた。
意外に鋭いこの男は、孝之の姿と立ち上がってキョロキョロしている涼子さんを見比べて、状況を把握したようだ。
あたしを見下ろし、ははーんと意味深に笑う。
「まあまあ、まずはカプチーノでも飲みながら落ち着きましょうよ。あなたが呼び出したいのは井沢孝之さん、でしたっけ? それならすぐに降霊できそうですよ」
「そ、それ、どういう事ですか!? やっぱり先輩はもうここに?」
「さあ、どういうことでしょうね、井沢君?」
執事さんは不敵な笑みを浮かべて、顔を引き攣らせている孝之を挑戦的に見上げた。