六話
ブログ連載小説のひとつです。
家を出てから数十分。俺と千春は駅近くにあるデパートの中のファーストフード店に来た。
昼時ということもあり、店の前には人の列が出来ている。千春には先に席を取っておいてもらい、俺は列に並んで順番が来るのを待ちながら、メニューを見て何を買おうか悩んでいた。
「席取れたよ」
席を確保した千春が戻ってきた。そして、俺と同じようにメニューを見始める。
少しずつ人の列が消化されはじめ、俺の番まで後二人となったところで買うものが決まった。千春の方を見ると、どうやら既に何を注文するのか決まってるようだった。
「私チーズバーガーのセットで飲み物は烏龍茶ね。あと、これ」
千春は注文するものを俺に伝えると財布を手渡した。
「ああ。そういえば俺金持ってなかったな」
いつもと同じ感覚でいたため、自分の手元にお金がないことを忘れていた。
「そうだよ。今のお兄ちゃんは一文無し」
「そうだよな~。でも俺の部屋に隠してある通帳が母さんに見つかってなかったら金はあるぞ」
クローゼットの中に母さんに見つからないように隠したバイト用の通帳。旅行に行った時に三万円ほど引き出したが、そのままの状態ならば、まだ五万ほど残っているはず。
「そうなの? それならよかった」
「なにが?」
「だってお母さん食費一万円しか置いていってないもん。元々私だけが使う予定だったから、お兄ちゃんがいるとお金もたないから……」
……悪意はないんだろうな、きっと。だけど聞く側からしたら、
『あ、お兄ちゃんが帰ってきたせいで私の数日分の食費が足りなくなる。どうしようかな?』
と受け取れなくもないな。
……駄目だな。中三の時の冷たい千春のイメージしかないから、今の千春が言うことが思ってもないことを言ってる気がしてしょうがない。
「お兄ちゃん、順番来たよ」
千春に言われて前を見ると前にいた人は、もう注文を終えており、俺の番が来ていた。
俺はレジの前に行き、二人分の注文をした。それから一分も経たない内に商品はきた。
「ほら、お前の分」
待っていた千春に商品を渡す。
「財布は?」
「席に着いたら渡すって。返さないとでも思ってるのかよ」
「いや、だって昔はよく私のもの取っては泣くまで返してくれなかったから」
「そんなことあったか?」
思い当たる節はあったが、敢えてとぼけてみる。
「あった。私が小学生の時はしょっちゅうやってた」
テーブルに商品を置き、席に座る。
「いや、そんな昔のことは覚えてないな」
注文したフライドポテトを数本手で掴んで食べる。
「それ嘘でしょ。家を出る前に鍵のこと言ってたもん。その時の事を覚えてて、この事を忘れてるわけない」
チーズバーガーを小動物のように少しずつ口にしながら千春が言う。
「いや、そんな全部は覚えてないから」
千春にばれないように平静を保とうとする。
「あ、鼻がピクピクしてる。嘘なんだ」
あ~ばれた。
「ばれたか。本当は覚えてるよ。ほら、財布」
持っていた財布を千春に返して俺は白状する。
「はい、どうも。それにしても、その癖治らないね」
千春の言う癖というのは俺が嘘をつく時、問い詰められると、鼻が動いてしまうものだ。今はだいぶ抑えられるようになったが、時折こうして抑えることができずに嘘がばれる。
「うっせえ。勝手に動くんだからしょうがねえだろ」
「それがなければ、もう少し上手く嘘つけるのにね」
「いいんだよ。俺は嘘をつかない男なんだ」
「なに言ってるんだか。や~い鼻ピクピク」
なんか変なあだ名をつけられた。しかも小学生レベルの。これでからかってるつもりか?
「なにが鼻ピクピクだよ。お前なんか小学四年生までおねしょしてたじゃねえか」
飲んでいた烏龍茶を吐き出しそうになり、千春はむせた。
「ちょっと、それは言わないでって」
「お前が鼻ピクピクって言わなければいいぞ」
「……はぁ。わかったわよ」
俺の提案に千春は半ば呆れ気味にため息を吐き、観念した。
勝った。これぞ兄の意地。歳が近くなっても妹は兄に勝てないんだよ。
「なにちょっと誇らしげにしてんのよ。しかもドヤ顔っぽくてむかつく」
「いや、別にお前を言い負かせたことを誇ってなんかないぞ。それにドヤ顔ってなにかわからないから」
「まあいいや。なんか馬鹿らしくなってきた」
千春は残った少しのポテトを食べた。俺はジンジャーエールを飲み、口の渇きを潤す。
その後はお互い黙々と食事を取った。
隣にあるゲームセンターからこっちに人が向かってきたのは食事を終え、二人でゴミを捨てに行き、これからどうしようかと考えていた時のことだった。
「ハル~」
誰かを呼ぶ声が聞こえて辺りを見ると、制服姿の女子高生が二人と男子が一人こっちに歩いてくる。三人の中の一人は見覚えがあるが残りの二人は見たことはない。おそらく千春の知り合いだろう。
「あっ明衣。それにゆーちゃんと柴田くん」
三人に気がついた千春が返事をする。
「ヤッホー」
「こんにちは」
「どうも」
三人それぞれが挨拶を交わす。
「みんな課外の帰り?」
「そうだよ~。もうせっかく冬休みになったのに、イヤになっちゃうよ」
「しょうがないよ。わたし達受験生なんだもん。ね、拓海くん」
「ああ。もうセンターまで一ヶ月ないからな」
「そっかぁ。やっぱりみんな忙しいよね」
「そうだよ。この就職組め。ハルも勉強しろよ~」
「いや、私勉強してないわけじゃないから」
「あれ? そうなの?」
俺は四人が話し合うのを少し離れた位置で聞いていた。センター試験とはずいぶん懐かしい単語が聞こえてきて、みんな頑張ってるなと内心感心していた。ちなみに俺は推薦で受かったので記念受験でしかセンター試験を受けてない。当時は友人に八つ当たりされたりしたものだ。
「ところでハル。さっきから気になってたけど、この人は?」
それまでの雑談から一転。急に話の矛先が俺の方に向いた。
「えっ? あ、あ~この人は」
突然の問いかけに千春は動揺していた。何故なら、この場には俺が死んだことを知っている人がいるため、俺を兄と言えないのだ。
「もしかして……」
「いや、違う。なにを考えてるのかはわかるけど、ちがうから」
明衣と呼ばれている少女が疑惑の視線を千春になげかけている。たぶん俺を千春の彼氏かなにかと勘違いしてるのだろう。そして千春も都合のいい言い訳が思い浮かばないで焦っていた。
「そ、そうだ。ゆーちゃんは見たことあるよね、こいつ」
ゆーちゃんと千春に呼ばれた女の子。正確には立花優里に千春は救いを求めた。彼女は親同士の仲が良かったため昔からよく家に遊びに来ていた。当然、俺とも面識がある。彼女が母さんと同じでなければ俺だと気がつくはずだ。
「えっと……」
「ほら、家に来たときによく見たでしょ?」
なにその扱い。俺は観葉植物か何かか?
「ごめんなさい、わかりません」
「そっかぁ……。ところでゆーちゃん。お兄ちゃんの顔覚えてる?」
「佳祐さんのことですか? 覚えてますけど」
「この顔見て似てると思わない?」
千春は俺の顔を掴むと優里ちゃんに近づけた。
「え~っと、たしかに少しは似てますけど」
「そう。ならいいの」
千春は掴んでいた俺の顔を離し、少しだけ落ち込んだ。俺は何故か優里ちゃんの横にいる男に睨まれた。
「……で、結局その人だれ?」
再び明衣と呼ばれている女の子からの質問がきた。千春は未だになんと答えればいいのか悩んでいる。
……しょうがないな。困っている妹に助け船を出すか。
俺は千春の友人の三人に向かって、
「こんにちは、千春の従兄弟の佐山壮介です」
と自己紹介をした。
「祈りを貴方に、手紙を君に」の一章の六話になります。
この話では外に出かけた二人がたわいのない会話をして楽しんでいる中、千春の高校の友人たちと出会ってしまい、どう対応するか困るというものです。
ちなみに、この作品で登場する千春の友人のカップルは別の短編作品のサブキャラでもあり、話がつながっています。
建野海の作品は現代ものである限りほとんどの作品は同じ時代にみな存在しており、地域は違ってもゲストとして出演することがよくあります。
誰かの従兄弟や友人が別の作品の主人公やサブキャラなんてのはよくある話です。
なので、他の作品を見ていると、「ああ、こんなところにこのキャラが!」なんてことがあるかもしれませんよ~。