四話
ブログ連載小説のひとつです。
『ちょっと、まっ……』
千春の静止の言葉が途中で途切れた、おそらく今ので通話も切れたのだろう。
今の会話からわかったことに千春は困惑しながら、俺にアイコンタクトをした。おそらく今の出来事の意見を求めてるのだろう。
残念ながら俺にも今起こってることはわからない。いや、認めたくない。
千春の変わりようを見たため、今自分がいる場所が少なくとも俺の知っている場所とは違うということを少しはわかってたつもりだった。
だから、死んだ家族からの電話なんて信じてもらえないかもしれないと、千春から受話器を渡された時、俺は少し緊張していた。
『あ~えっと、母さん?』
第一声にでた言葉は自分でもマヌケなものだと思う。結局出たのはいつもと変わらない言葉だった。
『あら、あなたは?』
『えっ!? いや、俺は……』
『聞いたことない声ね、千春の友達? それともあなた千春の彼氏?』
……聞いたことない声?
なんだよ、それ。ちゃんと聞いてくれよ。
昨日電話したばかりだろ? いや、ここでは三年前だっけ?
……どっちでもいいよ。息子の声を忘れるなよ。
『もしもし? もしかして言いたくないことだったかしら?』
電話ごしに聞こえる声の感じからわかってしまう。通話先の相手、母さんにとって、今の俺は自分の娘が受話器を渡して初めて会話をした“他人”なんだと。
ああ、母さんには俺のことがわからないんだな。
そう実感するとともに、なんだか体から力が抜けた。
『聞こえてないのかしら……もしもし?』
『えっ……あ、はい』
『あ、聞こえてるみたいね。あなた千春の彼氏?』
『いえ、違います』
『そう。だったら学校の友達?』
違うよ。俺はこいつの兄貴だよ。そう言いたかった。だけど、今の母さんにこんなことを言ってもしょうがない。ここでの俺は“他人”だ。なら、それに相応しい態度をとろう。母さんを困らせたくないから……。
『そうです……』
『そう。それじゃあその子と仲良くしてあげて』
『はい、わかりました』
『一応、私車を運転してるから、そろそろ千春に代わってもらってもいいかしら?』
『ああ、そうですか。それじゃあ千春に代わります』
こうして、母さんと俺の会話は終わり、俺という存在を正常に認識できてるのは千春だけだとわかった。まだ一人しか確認していないが、おそらく他の人も同じだろう。他の人に俺は“佳祐”として認識されないだろう。
いったい、なにが起こってるんだろうか? 俺には……わからない。
「一度着替えてくるわ」
空気の悪くなったリビングから逃げ出すように俺は自室へと向かった。
千春は止めなかった。
二階にある三つ並んだ部屋。その中の左の部屋に入る
旅行に行く前まで使ってた、俺の部屋だ。
部屋に入ると、ヒンヤリとした空気が肌に触れた。昔屋根裏部屋に入った時と同じ空気。
長い間人の温もりから離れ、放置されてきた空気だ。
クローゼットを開けると、中には綺麗に折り畳まれた服があった。
一番上に畳まれてある服を手に取る。……つい先日俺が着ていた服だ。
それは、ホコリをかぶっていてもう何年も人の手に触れられてないようだった。
ああ……理解したよ。今度こそ、ちゃんと。
俺は、死んだ。
服を覆うホコリを手で払い、今着ている服を脱いで新しいものに変える。
「ふぅ」
ため息を吐きだす。落ち込んでもしょうがない。とりあえず今俺のことを唯一認識できてる千春といろいろ相談しなきゃいけないな。
温もりのない自室を後にして俺はリビングに戻った。
「祈りを貴方に、手紙を君に」の四話目になります。
この話では母親との電話で佳祐が佳祐として認識されていない部分を描いています。
もっとも身近な存在である家族に自分のことを認識してもらえなかったときにとった対応、そして自分の部屋に戻ったときに感じた時の流れ。これらを認識し、ショックに打ちひしがれながらも、どうしようかと先のことを考えているところが佳祐の強みだと思います。