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第一章【⑦】少女失踪事件

「助かった。礼だ、選べ」

 貴一が、自販機に小銭を滑らせながら言った。

 礼を述べ、レモンティーを選ぶ。

 ガコン、と落ちてきたペットボトルを受け取り、卯月は会釈をした。

「ありがとうございます」

 貴一はコーヒーの缶をプシュッと開いて喉を潤すと、買い物袋から魚肉ソーセージを取り出して歯で包みを剥き、バナナのようにかぶりついた。

「あの。今日の件、力を貸してくださったのは『調査の目的』の一つだと思ったから、ですか」

 貴一はちらりと卯月を見ると、自販機の隣にあったベンチに座る。

 夕方のこの時間、スーパーはそれなりに込み合っていたが、少し住宅街に入ると途端に人気がない。

 蜜色の夕暮れのなか、遠くから聞こえてくる学生の声が、不思議と卯月を懐かしい気分にさせる。時折、道路を車が走り去っていく姿が見えた。あと半時間もすれば帰宅ラッシュの車で込み合うだろう。

 その道路の歩道を、幼子を抱いた女性が歩いていく。歳の頃は卯月と同じくらいだろうか。家族とは、どんな感じなのだろう。卯月には家族がいない。だからこそ憧れる。そして理想の家族を想像するのだ。

「それもある。だが、そうでなくとも手伝った」

 貴一が呟くように言う。

「警察が動くような事件が起きてからでは遅い。今回は無事に保護できたからよかったが、年頃の娘が一人で無人のテナントを不法占拠するなど危険極まりないことだ。明日や明後日も無事でいられた保証はない」

 言葉の重さを受け止めるよう、卯月は頷く。

「仕事中のことなので、怒っていると思ってました」

「時雨の前だから、さっきはああ言ったがな。人命救助が最優先だ」

 二人だけの細い路地に、静寂が下りる。

 視界の端に人の姿を認めて、何気なく視線をやる。路地の向こうから、学生服の少女が歩いてくるのが見えた。

 卯月は通行の邪魔にならないように、貴一の隣に腰を下ろす。

「卯月くんの判断は正しかった。一人の少女を無事に保護できた、その結果がすべてだ」

 ――結果がすべて。

 まさにその通りだと卯月も思う。今回は、助けることができたのだ。そう思うそばから杏花の笑顔が脳裏に蘇り、悔恨が強く卯月を苛む。

 心無い殺人鬼に命を奪われた彼女を、助ける方法があったのではないか。卯月の行動によって変えられた未来があったのではないか。

 杏花が殺害されたあの日からずっと、卯月はそう考え続けている。

 ――ドサッ

 少し離れたところで、何かが落ちる音がした。何気なく振り返り、硬直する。

 地面に学生鞄が落ちていた。ストラップ同士がぶつかって音を鳴らし、その音も徐々に小さくなっていく。

 少女の姿はなかった。

 ふと、鞄に引っ掛かっていた大ぶりのストラップが、鞄の傾斜でごろんと転がった。白い布をひっかけたそれは、卯月たちの近くで止まる。

 ――少女の手首だった。

 白い布は、少女が羽織っていたカーディガンの袖である。

 すぐには理解できなかった。ただ卯月の目はそれをつぶさに観察してしまう。

 右の手首だ。鋭利な刃物で一刀両断されたような断面は、陽光に照らされて橙色に見えた。中心には骨らしきものがあったが、蜜色に染まったそれは不思議と柔らかそうだ。

 忘れたい記憶の断片が蘇り、卯月は呼吸を浅くする。

 ひっかかっている白い布に、赤い染みが広がっていく。

 ――これは現実だ。

 手首が転がってきた跡を、熾火のような染みが点々と色を灯していた。


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