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エピローグ① ――真相――

 卯月はワゴン車の後ろに乗り込んだ。

 運転席ではすでに貴一がエンジンをかけて待機している。

「運転、ありがとうございます」

「仕事だからな」

 そんな会話を交わしたところで、時雨が助手席に乗り込んできた。

「卯月ちゃん、体は大丈夫かい」

「もうすっかり平気です」

 つい先週退院した卯月に、時雨は細かく体調を訪ねてくる。首の傷はほとんど塞がっているし、今は保護テープを貼っているだけだ。

 卯月は怨霊特別対策班の契約職員として雇用されることになった。

 監視対象でもあるため、今後、生活に制限ができる。それでも組織の一員として職務に関わることができるので、卯月としてはこれでよかったと思っている。

 怨霊特別対策班。――警視庁内に設置された、内閣情報調査室が監督する隠密組織。警察内外から人員を集め、実際に組織を動かしているのは内調の出向組だという。

 人数は少なくても、日本全域が対象のため多忙を極める部署だ。

「そうだ。さっき報告が来てね。奥背山で発見された古墳の調査が始まったってさ」

 卯月は思わず腹に手を乗せる。

「即身仏となった僧侶の手に、木彫りの仏像とミノがあった。手が動く限り作り続けていたんだろうって話だ」

 貴一が小さく息を漏らす。

「余程の覚悟がなければできないな」

「僧侶は、始祖を実の息子のように可愛がってたみたいです。都での役目を終わらせて、奥背山で息子たちと余生を過ごす。そんな思いで奥背山に帰ってきたのに」

 卯月はそこで言葉を切る。

 僧侶が目の当たりにしたのは、怨霊と化した始祖だった。僧侶はさぞ胸を痛めたことだろう。ただ、僧侶の行動には解せない点がある。

「どうして僧侶は奥背山の住人に真実を伝えなかったんでしょうか。結局、始祖は住民たちに子ども殺しの犯人だと思われたままです」

「確かに、息子の汚名ならすぐにすすぎたいと思うはずだね」

「恨んでいたんだろう。僧侶といえど人の子だからな」

「ありえませんよ。二人は本当の親子みたいだったんですから」

「そっちじゃない。それに実の親子だからといって仲がいいとは決まっていないだろう」

 そんなふうに言われてしまえば、卯月は口を噤むしかない。卯月のなかにある家族像は理想に過ぎないのだから。

「そっちじゃないって、どういうことだい」

 時雨が尋ねると、貴一はきっぱりと告げた。

「盗賊たちを恨んでいたということだ」

「それだと尚更、本当のことを伝えるべきじゃないですか。そうすれば、奥背山の住民だって盗賊たちに騙されていたと知って、始祖のことを悼むと思います」

「それだけだろう。精々が、痛恨を胸に始祖を崇め続けるだけだ。どちらにせよ怨霊と化してしまったものを鎮めるには祀るしかない。それならば、住民らには真実を告げずに守り神として崇めさせ、すべてを知る盗賊らには未来永劫奥背山の地で、恐怖に震えながら怨霊を鎮めさせる。血筋が途絶えるそのときまでな。それが息子を殺された父親が下した、一矢報いる方法なのだろう」

「確かに、真実を知った住民らがそのまま盗賊と共存するとは思えないしねぇ」

 時雨が頷く。

 もし貴一の話が事実だったなら、本当に盗賊の血筋を呪っていたのは僧侶だったのではないか。そんな予感がしてぶるりと震えた。

 呪いとはなんだろうか、と少し考えてやめた。きっと答えなどでないから。

「そうだ、山背大兄王って人物を知ってるかい?」

 静まり返った空気を明るくするように時雨が声を張り上げた。

「聖徳太子の息子で、蘇我入鹿の従兄弟にあたる人物だ。奈良の斑鳩で妻や子も含め一族郎党自害している」

「政権争いが活発だった時代ですね。でも、一族みんなが自害するなんて」

「山背大兄王に関しては妻子まで記録に残っているんだ。とはいえ、千年以上も前のことで、確実とは言い難い。彼の父親である聖徳太子ですら、今の時代、いるとかいないとか言われてるんだから当然と言えば当然だけど」

「そのなんとかという人物がなんだ」

 歴史に興味のない貴一が、淡々と尋ねる。

「山背大兄王だよ。かの一族が滅亡したすぐあと、奥背山ができたんだ。聖徳太子といえば遣隋使を派遣したことや法隆寺を建てたことでも有名で、仏教に精通している。思い返してごらんよ。始祖はやんごとなき血筋で、彼の逃亡の手助けをしたのは僧。もしかしたら、始祖は山背大兄王の子どもなんじゃないかな。幼子だけは逃がしてやりたくて、信頼のおける僧に連れ出させたのかもしれない。……なんて、全部妄想だけどね。でもさ、聖徳太子の孫が生きていて、ひっそり集落をつくっていた。その集落が千年のときを超えて現代まで続いている。そう考えると、ロマンがあるじゃないか」

「千年のときを超えている建造物なら、ごろごろあるだろう。京都と奈良の県境だぞ」

 うっとりと目を細めていた時雨が、むっと貴一を睨む。

 二人のやり取りに、自然と頬が緩んだ。

 腹に置いた手をそっと撫でる。汚泥が溜まっているような不快感がある。ここに始祖がいる。だが卯月が病室で目覚めてから一度も反応がなく、不気味でもある。

 始祖は水縁を殺した。多くの娘たちを攫って殺害した。卯月の意思に同意したとはいえ友人ではない。獰猛な獣を抱え込んでいる、という認識でいなければ。

 ワゴン車は軽快に奥背山へ進む。残り半月もしないうちに引っ越すため、街並みを目に焼き付ける。ふと卯月はあることに思い至って、貴一に尋ねた。

「先輩も怨霊特別対策班に就職するって本当ですか」

「ああ。僕は身内に犯罪者がいないし、司法試験にも受かっている。微力だが霊能力もある。特例だが、なんら問題ないそうだ」

「問題の塊ですみません。でも、本当にいいんですか」

「もう正式に登録された」

 貴一は上着のポケットから黒い手帳を取り出した。それを片手で開いて、後部座席に見えるよう掲げる。警察手帳だ。

「えっ、もう手帳を持ってるんですか!」

 驚いて体を乗り出し、まじまじと手帳を見る。貴一の顔写真と、怨霊特別対策班の文字。そして――。

「美原小梅太郎?」

 見覚えのない名前に首を傾げた。途端にサッと貴一が手帳をしまう。困惑する卯月に理由を教えてくれたのは時雨だった。

「明智くんの本名だよ。明智貴一っていうのは、モデルとしての名前」

 ミラー越しに貴一と視線が合う。

「忘れろ。僕は自分の名前が好きじゃない」

「小梅太郎だなんて、可愛いじゃないですか」

「百歩譲って、梅太郎ならいい。なんだ『小』というのは。いらんだろうが」

「あはは、明智くんの子どもの頃のあだ名、絶対小梅ちゃんだよねぇ」

「可愛いじゃないですか、小梅ちゃんも」

 途端に睨まれて、慌てて口をつぐむ。茶化したつもりはなかったが、本気で嫌がっているようなのでこれ以上この話題は辞めた方がいいだろう。

 そんな焦りのなか、ワゴン車は奥背山の集会場前に停車する。

 水縁が消失した現場は今なお痛々しく燃え跡が残っており、複数の献花が手向けてある。卯月のもあった。もう奥背山に怨霊はいない。だから、水縁家も式役檀家も必要ない。わかってはいても、やりきれない。

「さて、私は野暮用があるからここで。卯月ちゃんは一人で大丈夫かい」

「はい。挨拶と……少し、話をしてくるだけなので」

「僕も同行する」

 貴一がエンジンを止めて颯爽とワゴン車から降りた。彼は車のキーを時雨に投げて寄越すと、卯月を顎でしゃくって歩き出す。

「あっ、待ってください。先輩」

 集会場すぐ横の坂道を登りながら、卯月はそっと貴一を見上げる。命を歌う痛々しいほどの蝉の声が降り注ぐなか、垂れた竹の葉が風に揺れて地面に影を落とす。

 貴一の背中を見た瞬間、卯月の脳裏に蘇る記憶があった。

 窓のない地下室。鉄格子のはまった牢屋。

 卯月は、格子の向こうでお守りを握り締めてはにかむ少女を見つめていた。

『そんなに嬉しい?』

 尋ねると、少女が頷く。

 ――「悠二さん以外から、物を貰ったの、初めて。本当にいいの?」

 彼女の腹部を見やる。ワンピースを着ているのと生来の細身の体型ゆえか、腹部の膨らみはそれほど目立たない。

『勿論。ミヨの子が無事に生まれますようにって願いを込めたからさ。そのお守り、あたしの親友がくれたんだ。その子、ほんっとうに裁縫が上手でさ。それも手作りなんだよ』

 途端にミヨがハッと顔をあげた。嬉しそうに握り締めていたお守りを格子の隙間から卯月に差し出す。

 ――「貰えないよ、そんな大切なもの」

『いいの。あたしはもういらないから』

 ――「わ、私、やっぱり悠二さんにもう一度頼んで……」

『駄目! ミヨが殺されるかもしれない。あいつはまともじゃないから』

 卯月は、ミヨに微笑みかけた。震える右手をそっとスカートで隠す。左手はないので隠す必要がなかった。

 今こそ、はっきり言わなければ。ミヨが無条件で悠二を敬愛しているのは知っている。どれだけ悪魔のような男でも、ミヨにとっては大切な存在だ。

 だからこれまで、悠二について強く批判することはなかった。

 けれど、もう時間がない。

『ミヨは騙されてる。被害者なんだよ。だから隙を見て逃げて、警察に助けを求めて』

 ――「咲良ちゃんも一緒にいこう」

 ミヨの提案に驚いた。てっきり悠二のことを庇うものと思っていたのだ。

 視界が涙で歪む。本当は一緒に逃げたい。けれど、それは不可能だ。牢屋の鍵は悠二が肌身離さず持っているし、身重のミヨに危険な真似はさせられない。

『私はいい。その代わり、お願いがあるの。あたしのことを忘れないで。あたしの名前は、咲良。生島咲良。双子のお兄ちゃんがいて、お兄ちゃんは小梅太郎っていうんだ。桜と梅、どっちも花の名前なんだよ』

 ミヨは悲しそうな顔をする。彼女が自分との別れを悲しんでくれているのが伝わってきて、喜びと切なさで心が軋んだ。

 ミヨが、震える手をそっと自身の腹部に手を置いた。

 ――「名前、貰ってもいい?」

『え?』

 ――「この子に。性別はわからないけど、名前……同じ名前、つけても、いい?」

 咲良は、溢れそうになる涙を堪えて頷く。

『いいに決まってるじゃない。ミヨ、ありがとう。あんたに出会えてよかった』

 

「どうした、卯月くん」

 近くで声がして、強制的に過去の光景が去っていく。まるで白昼夢を見たかのような感覚だ。訝しむ貴一に、今起きたことを話そうとして躊躇った。

 おそらくこれは、咲良の記憶だ。卯月が夢のなかで被害者の誰かに憑依して過去を体験していたものと同じだろう。

「悩んでいる暇があれば話せ」

 ため息交じりに強く言われて、卯月は眉を下げる。

「僕に対する気遣いなら無用だ。青ざめた顔でいられるほうが困る」

 卯月は自分の頬に手を当てると、結局先程起きたことを話した。

 貴一は眉をひそめて、考えるように髪をかき上げる。

「これまで夢に見ていたことが白昼夢として見るようになった、と。怨霊を体に宿したからか、それとも過去に起きた出来事とリンクする場面によって記憶が蘇るのか。今回の場合でいえば、僕の本名だな」

 つらつらと貴一が述べたのは、卯月の身に起きたことに対しての考察だった。

 卯月や卯月が見た過去に対する嫌悪や怒りなどは感じられない。

 貴一はすでに、卯月の父親が古坂部悠二であることを知っている。八坂地たちとの会話のなかで、卯月自身が話したのだ。だが、貴一は一切反応を示さなかった。

 彼はすでに、卯月が古坂部悠二の娘だと知っていたのだろう。

「……私、古坂部悠二の娘なんです」

 ぽつりとこぼした。貴一に対して、卯月が直接話すのは初めてだ。

「知っている。それより――」

「それよりって」

 さらりと流した貴一に、卯月は焦る。だが彼は静かに首を横に振った。

「僕がどう感じて何を思おうが自由だろう。それとも、責めてほしいのか」

「そんなふうに言われたら、何も言えないじゃないですか」

 貴一が小さく笑う。彼はやっぱり、どこまでも優しい。

「それよりも、だ。始祖と共に、罪を償っていくんだって?」

「はい。許されることはないと思います。それでも、人を救うことを生きる理由にしたい。そうすれば、私は私の人生を生きていけると思うんです」

 罪は個人にあるもので家族には及ばない、そういう話を聞いたことがある。

 だが現実問題としてそうはいかないと卯月は考える。

 古坂部悠二という、おぞましい殺人鬼の血を引き、過去の残虐非道な場面を追体験するほど呪われていながらも、何もなかったかのように生きるなんてできるはずがない。

 卯月のこれからの人生はすべて、贖罪のためにある――。

「僕も自分のやりたいことを見つけた」

 伏せていた顔を上げると、貴一は静かな双眸で見つめ返してきた。

「聞いてもいいですか」

「きみの贖罪を見届けることだ」

 狼狽する卯月に、貴一が真剣な顔で続けた。

「その一環として、始祖の怨霊を浄化する方法を探す」

「どういうことですか」

「いつかきみは、人助けを止めて一般的な人生を求めるだろう。そのとき、怨霊が腹にいては強制的にこれまでと同様の人生を歩むことになる」

「私が、人助けを止める……?」

 そんな日が来るはずがない。卯月は存在自体が呪われているのだから。貴一だってそのことは知っているはずだ。

「そもそも僕は、卯月くんが両親の罪を背負う必要はないと思っている」

「先輩は、私が怨霊特別対策班へ入ることに反対なんですか」

「そうじゃない。僕が言いたいのは、今の卯月くんと未来の卯月くんが必ずしも同様の望みを抱いているとは限らない、と言うことだ」

 未来の卯月が、贖罪ではない別の生き方を望む。

 考えようとして首を横に振った。想像すらできなかったのだ。

「僕には梅太が見えた。先程見たという白昼夢の内容を踏まえると、ミヨは生まれた我が子たちに、僕と咲良に近しい名前をつけたのだろう。兄に梅太と名付けたように、卯月くんにも」

 貴一の力強い視線に目を見張る。

 大切な双子の妹を殺害した古坂部悠二。

 その娘である卯月が、どのように罪を償いながら生きていくのか。それを眺めることによって彼のなかで止まっていた過去が動き出し、ほぐれていくのかもしれない。

 ふいに頭にぬくもりが触れた。ぽんぽんと軽く撫でられる。

「これからも、よろしく頼む」

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 涙がこみ上げて来て、鼻をすすった。


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