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第一章【②】少女失踪事件

 卯月は、事務所の玄関ドアの前で立ち尽くしていた。

 出勤時間の三十分前についたのだが、ドアノブに視線を向けたまま時間が過ぎていく。

 取っ手のすぐ横に、手のひらほどの分厚い機械――銀色のボディに赤く点滅するランプのもの――が取り付けてあった。昨日までなかったそれは、カードとパスワードで開錠するタイプの防犯機械だ。

 会社ではない組織。一晩で設置された強固な錠。……怪しさに拍車がかかってしまう。

 卯月は決意を固めて、呼び鈴に指を伸ばした。

「そこで何をしてる、野暮ったい女」

 背後から冷たい男の声がした。

 振り返ると、背の高い男が歩いてくる。射るような目でこちらを見ているので、卯月のことで間違いないだろう。

 男には有名俳優のような存在感があった。すらりとした体躯と長身。耳にかかるほどの髪は艶やかで、陽の傾きで光輪が輝く。白いシャツに黒のワッフルショールカーディガンを着こなし、同色のスリムパンツを穿いている。ハイブランドというわけではないのに、男が纏うと高級感があった。

 何より驚くのは、彼の端正な顔立ちである。

 あまりにも整った顔立ちに心を奪われかけたが、その冷たい眼差しで我に返った。

「不審者として通報されたいのか」

 野暮ったいという言葉に引っ掛かりつつも、気持ちを持ち直して笑みを浮かべる。

「私はここで働くことになった者です」

「嘘だな、聞いていない」

 もしかして、この人が時雨の話していたペアを組む男だろうか。卯月は丁寧にお辞儀をした。

「本日から働かせていただくことになりました、守屋卯月と申します」

 そのとき、ガチャンと盛大な機械音と共にドアが開き、時雨が顔を覗かせた。

「おや、もう顔合わせを済ませたのかい」

「こいつが今日から働くというのは本当なのか」

 男が不快感を隠そうとせず、時雨に尋ねた。

「そうだよ。まぁ中へ入って」

 卯月は挨拶をして事務所に入り、男が無言で続く。昨日案内された応接間を過ぎて、奥へ案内された。

「ここが基本で使っている事務所だ。卯月ちゃんの机はここ」

 デスクが二つ向かい合って島になっており、少し離れた場所にもう一つデスクがある。時雨が示したのは、島になっている二つのうちの片方だった。

「少数精鋭がもっとうなんだ。力を合わせて頑張っていこうね」

 つまり、それだけの仕事を求められているのだ。思わず体に力が入り、慌てて深呼吸をした。

 荷物を置いたタイミングで、時雨から集まるよう声がかかる。

「さて、改めて紹介しよう。彼女は守屋卯月ちゃん、今日からバイトに入ってもらうことになった」

「時雨、僕は聞いていない」

「今伝えてるじゃないか。それから、私のことは所長と呼ぶように」

「だが彼女は――」

 男は何か言いかけて口を噤んだ。視線がサッと卯月をかすめ、すぐに反らされる。

 思わず自分の体を見下ろして、首を傾げる。野暮ったいから不快なのだろうか。

 時雨が大仰に右手を振った。

「私のことは所長と呼ぶように。所長の私が決めたんだ、駄々をこねても覆らないよ。で、こっちが明智貴一あけちきいちくん」

 そう言って、時雨は男――貴一を示す。

 卯月は丁寧に頭を下げた。

「守屋卯月です」

「何回も言わなくても覚えた」

 貴一はため息をついて、時雨に向き直る。

「人員補強か」

「そう。効率化は大切だし。基本的に二人で行動してもらうから、仲良くしてね」

「効率化なら、別行動のほうがいいだろう」

「まぁ、いずれは。新人教育は先輩の役割だから、明智くんに任せたい」

 貴一は眉を下げた。卯月は笑顔を作って言う。

「明智先輩、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「僕のことは、貴一もしくは貴一先輩と呼ぶように」

「はい、貴一先輩」

 どうなるかと思ったが、先程は不審者さながらにドアの前で立ち尽くしていた卯月にも非がある。時雨が満足そうに頷いた。

「今日は卯月ちゃんに、調査の仕方を教えてあげてほしい。手順はざっくりでいいから、職場の雰囲気に慣れることを優先にね」

 そう言って、時雨はタブレットと車のキーを差し出した。タブレットは卯月が受け取り、車のキーは貴一が取る。

「卯月ちゃんには、一つ課題を出すよ」

「は、はい」

「緊張しなくて大丈夫。そんなに難しいことじゃないから。今日はK市にまつわる伝承をひとつ、調べてきてほしいんだ。詳しくは明智くんから教わってね」

「伝承……わかりました」


 事務所を簡単に案内してもらったあと、二人で外に出た。社用車は近くの月極め駐車場にあるらしい。

「さっきはすまなかった」

 唐突な謝罪に、卯月は顔をあげた。

「不審者かと思ったんだ」

 野暮ったい、という言葉に対しての謝罪のようだが、薄い膜のような違和感を覚えた。だが卯月自身、何に対しての違和感かわからない。

 訝る気持ちを押し込め、卯月は微笑んで首を横に振った。

「私が立ち尽くしていたから、誤解させてしまったので」

「何をしてたんだ」

「昨日面接に来たときは、鍵なんてなかった気がしたんです。結構存在感のあるカードリーダーなのに、見落とすかなって考えてて」

「ああ、あれは昨夜つけたんだろう」

「泥棒が入った、とかですか?」

「何かあったわけじゃない。もともと、取り付ける予定だったんだ。まだ職場環境が整ってなくてな。事務所を見ただろう。簡素だと感じなかったか」

「確かに、全体的に真新しいというか、越してきたばかりといった雰囲気でした」

 卯月は納得して頷いた。

「きみは運転ができるか?」

「はい。ペーパーですが自信があります。任せてください」

 貴一の持つキーに手を伸ばすと、ひょいと遠ざけられた。

「触るな、僕がやる」

 新人としてやる気を見せようとしたが、あっさりと拒否されてしまった。

 社用車は白いワゴンタイプだった。六人乗りだが実際に座れるのは四席ほどで、最後尾は荷物置き場になっている。

 貴一がハンドルを握り、卯月は助手席に乗り込んだ。

「まずは図書館へ向かう。郷土資料を調べるんだ」

「ネットは使わないんですか」

 タブレットを掲げてみせると、貴一が頷く。

「具体的に調査するものを指定されているのなら、ネットを使えばいい。だが今回は郷土資料からだ」

 貴一が携帯電話を取り出して、ナビを起動するのが見えた。

「私、この辺りに住んでいるので道案内できますよ」

「助かる」

 貴一の運転はなめらかで、乗り心地がよい。開いた窓から春の風が滑り込み、緩く頬を撫でる。

「きみが調査する『伝承』を選ぶんだ。その一つを掘り下げていく」

「わかりました。まずはテーマ選びからってことですね」


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