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第三章【⑥】守屋卯月

 卯月は根本的なところから、誤解をしていたらしい。

 時雨は、今なおあの事件に囚われているのだ。だから、個人的にあの事件を調査し、そして卯月に行き当たった。そっと自分の右頬を撫でる。

 闇の中でのみ赤く見える瞳は、児童養護施設にいる頃から気味悪がられていた。しかし卯月にはどうでもよかった。なぜなら、兄の梅太もまた左目が赤かったからだ。この目をおぞましいと思うようになったのは、己の出生を知ったときである。

 ゆっくりと深呼吸をした。

「夢って、どういうことだい」

 時雨は焦りと苛立ちが混ざった声音で尋ねる。

「話します、全部」

 時雨は古坂部事件のある種の被害者だ。彼女が知りたいというのなら、もはや卯月が隠す理由はない。思わず自嘲する。

「私、図々しいことを考えてました。所長が何かを企んでいて、私はそれに巻き込まれているんじゃないかと」

 卯月は加害者遺族に他ならない。それなのに、被害者ぶっていたなんて滑稽だ。

「おっしゃる通り、私は古坂部悠二の娘です」

 隠すつもりもなければ、話すことで許されるとも思わなかった。

 卯月は「少し長くなりますけど」と前置きしてから、口を開く。これまで誰にも話したことのない、卯月の胸の奥深くに閉じ込めてきた記憶と出来事を。


 *

 

 卯月は物心ついたとき、児童養護施設にいた。

 双子の兄がいつも傍にいてくれたから寂しくはなかった。もっとも、梅太は自分にしか見えないため、卯月はいつも一人でしゃべっているおかしな子、と思われていた。

 あれは、五歳になる少し前のこと。

 蝉がうるさい真夏の昼間、施設の庭で遊んでいた卯月の元にその男は現れた。

 分厚い茶色のコートを着た髭面の男で、フリーのジャーナリストだという。当時の卯月にはそれが何かわからなかったが、新しい職員なのだろうとぼんやり考えていた。

「きみの両親について聞きてぇんだが、教えてくれるか」

 男が口の端をつり上げて笑う。口を開くたび、ニチャリと唾液が糸をひく。黄色い歯が不揃いで、今にも落ちるんじゃないかと思った。

「お兄ちゃんしかいないよ」

「兄? 施設の友達ってことか」

 卯月は首を横に振る。

「双子のお兄ちゃん。ここにいるよ、おじさんも見えないの?」

 男は何かを考えているふうだったが、やがて勢いよく立ち上がった。まさか、そうだったのか、といった呟きを残し、男は卯月の前から去っていった。

 やがて中学を卒業し、地元の工場の事務員として働くことになる。梅太は変わらず側にいたが、その頃になると兄のことを誰にも話さなくなっていた。

 ――アスファルトの地面がゆらゆらと歪むほど熱を放つ日だった。

 子どもたちのはしゃぐ声とセミの鳴き声が、生ぬるい風と共に窓から流れ込む客室に、分厚いコートの男がいた。

「久しぶりだな、俺のこと覚えてっか?」

 小さい頃は感じなかったが、仄暗い瞳とぼさぼさの頭やよれたコートが不衛生で、どこか胡散臭いような不信感を覚えた。

 来客なので一応客室に通したらしいが、上司から知り合いなのかと強く聞かれ、卯月はただ首を横に振る。子どもの頃に会ったことはあった。しかし、それだけだ。

 上司が仕事に戻り、客室に男と卯月の二人だけとなる。名指しで尋ねてきたのだから、何か話をしてからでなければこの男は帰らないだろうという予感があったのだ。

 大丈夫、梅太もいるから。梅太のほうを振り返ろうとしたときだ。

「まだ、あんたの傍に双子の兄はいんのか?」

 だしぬけに男が言う。あの日の会話を思い出す。卯月は兄のことをこの男に話したのだ。

「まぁ、座んなよ。俺は別に、あんたに突っかかりにきたわけじゃねぇ」

 警戒を崩さないまま向かい側に座ると、男は懐から名刺を取り出した。

 ――フリージャーナリスト、田代権蔵。

「ちょっくら、調べてる事件があってな。あんたに聞きたいんだ」

「私では役に立てません」

「落ち着けよ。『古坂部事件』を知ってるだろう。十六年前にこの街で起きた事件だ」

 卯月が赤子の頃の事件だ。地元で起きた事件ということもあり、事件の概要は知っているが、それだけである。一体なんだというのだろう。

「当時私は、物心もつかない子どもでした。答えられることがあるとは思えません」

「そうでもねぇんだよ。あんた、ミヨって女を知らないか」

「ミヨ?」

 初めて聞く名前である。田代は写真を差し出した。十二、三歳ほどの少女だ。着ている服装や写真の劣化具合から、最近のものではないことがわかる。

「今は二十九歳か。ははっ、若いなぁ」

「知りません。誰なんですか」

「ミヨ。つまり、あんたの母親さ」

 写真を突き返そうとした手が止まる。

 まじまじと田代を見ると、不揃いな歯をむき出しにして口の端を釣り上げていた。

「本当なんですか」

「ああ。俺はこのミヨと話がしたいんだが、どこにいんのかわからねぇ。ミヨも児童養護施設の出身で、身寄りがない。友人もいない。もし現れるなら、一人娘のお前んとこだ」

 卯月はもう一度写真を見るが、記憶力に自信のある卯月でも会った覚えはなかった。

「……知りません」

「整形してる可能性もあるな」

「整形?」

 どうして、という意味で首をひねる。

「さっき話しただろ。俺が調べてるのは『古坂部事件』だ。ミヨは少女A。古坂部の助手で、二十六歳まで医療少年院に入ってたんだとよ」

 この男は今、なんと言った。田代がにやりと笑む。

「俺はずっと、古坂部事件について調べてきた。あんた、両親について知りたいだろ? くくっ、貴重な情報だ。特別に教えてやるが、誰にも言うんじゃねぇぞ」

 田代は卯月の反応を愉快そうに見遣り、使い古した茶色い鞄からファイルを取り出す。卯月に見えるよう広げたそれには、年表のような表と、蛇がのたくったような字で複数の児童養護施設が記載されていた。

 施設の名前には黒ペンで横線が引かれ、うちの一つにだけ、ぐるぐると丸の印がしてある。卯月がいた施設だ。

「俺は、警察側の規制が入ってるような情報にゃ興味ねぇ。潰されるのがオチだからな。俺が着目したのは、ここだ」

 田代が指でとんとんと示したのは、表の真ん中だった。

 それは古坂部悠二が殺害されるまでのミヨの行動をなぞったもので、田代の深爪の先には『空白』と書いてある。

「古坂部事件は、古坂部悠二が起こした事件の総称だ。古坂部事件が発覚した理由を知ってるか?」

 卯月は朧気な記憶を引っ張り出しながら、ぽつぽつと口を開く。

「確か、古坂部本人が死亡して、それがきっかけで発覚したと」

 あくまで卯月が知っているのは、事件概要をなぞった程度のものだ。

「教えてやるよ」

 机に身を乗り出してきた田代の見開かれた目が、好奇心と興奮で輝いている。卯月は彼の迫力に息を詰め、無意識に頷いていた。

「古坂部が死亡したのは、一九××年九月二十一日。助手のミヨが古坂部を殺害し、警察に通報した」

「え?」

 卯月の声が届かなかったのか、無視されたのか。田代が続ける。

「ミヨは九歳で引き取られ、古坂部のために生きるよう育てられた。明らかな洗脳とはいえ、ミヨにとっちゃ自分を育ててくれた恩人だ。なのに、殺した。警察の事情聴取で、本人は殺害動機について『助けようとしてくれた刑事が殺されたから』と証言している。実際、ミヨは保護されたとき、殺された刑事の警察手帳を後生大事に持ってたんだと」

「つまり、刑事によって洗脳が解かれ、自由になれそうだったところを古坂部に邪魔されて、反旗を翻した?」

「警察はそう考えてるらしい。だが」

 田代は、先程よりも強く表の『空白』を指で叩く。

「ここに、一週間の空白がある」

 それは、刑事が殺害された時間から、古坂部が殺されるまでの期間を示している。

「刑事が殺された怒りや悲しみから古坂部を殺害した、ってんなら、この一週間はなんだ?」

「そんなの、知りません」

 不安に駆られて膝の上で拳を握りしめる。梅太が寄り添うよう隣に座り、肩を抱く。

「古坂部が殺害される四か月ほど前から、ミヨの姿が目撃されていない。古坂部いわく、親戚の家にいるとのことだが、実際は自宅にいた。それまでは、二人一緒に出掛ける姿も目撃されていたのに、だ。これを聞いて、俺はある仮説をたてた」

 田代は児童養護施設の名を記載した紙を軽く叩く。

「ミヨが妊娠していたから、って言いたいんですね」

「ああ。俺の予想では、刑事の死がショックで陣痛がはじまり、自宅で出産。その療養に一週間を要した……と考えることができる。考えれば、空白の一週間は説明がつく。いや、以前は俺もそう考えた。ミヨは体が動くようになるなり、我が子――あんたのことだ――を近くの児童養護施設に預けて、古坂部を殺害したんだと。でもだが、あんたあのときこう言ったよな。双子の兄がいる、って」

「待ってください。私がミヨの子どもだって確信はありませんよね。ただの想像で、そんなことを言わないでください。私が、ひ、人殺しの子どもだなんて」

 口に出して、身震いした。

「あんた、児童養護施設にいた頃、奇妙な夢を見たそうだな」

 田代は懐からマルボロを取り出すと器用に片手で一本抜き取り、口に咥えた。ライターを手に取ったところで、机に灰皿がないことに気づいて舌打ちをする。

「私のことを、調べたんですか」

「当たり前だろうが。ミヨの子だぞ、特ダネも特ダネだっつうの。今に俺が、警察ですら気づいてねぇあの古坂部事件の深部を、すっぱ抜いてやるさ」

 田代が低く笑う。嫌な笑い方だ。

 簡単に引き下がるような男ではないと察し、ちらりと客室の窓からオフィスを見る。肩に掛けたタオルで汗を拭い、同僚の事務員がパソコンを叩いていた。

「あんたがどう思おうと、事実は変わらねぇんだ。なんなら、あんたの会社に――」

「やめてください。私に答えることができることなら、答えますから」

 慌てて制すると、満足そうに笑んだ田代が体を乗り出してきた。

「子どもだったあんたは、夢のなかで別の子どもになって過ごすのを楽しんでいた。だから、周囲の人間にもそのことを嬉々として話して聞かせた」

 その通りだ。卯月は小さい頃から、他人になり替わる夢を見る。正しくは、自分ではない別の人間の意識にそっと身を潜め、その人物に同化するのだ。自分の意思では動くこともしゃべることもできないが、ドラマの主人公になったようで楽しかった。

 しかし、その楽しさが続いたのは小学四年生までだ。

「『ちさと』『かおるこ』『りあな』――あんたは、夢の中でこの三人になっていた」

「それも、調べたんですね」

 施設の職員か、それとも同じ施設にいた子どもらか。当時の卯月を知る者は大勢いる。隠すことはできないだろう。

「他にもいたみてぇだが、名前まで拾えなかった。だが、重要なのはこのあとだ。あんた、小学四年の頃、急に夢を見なくなったんだってな。その代わり、悪夢を見るようになり、毎晩うなされて叫びながら起きる。起きたあとは嘔吐するなんてこともしょっちゅうだったとか」

 嫌な予感がした。逃げ出したい衝動に駆られ、卯月は身体を引く。

「よっぽど怖い夢なんだろうなぁ、『殺される夢』っつうのは」

 背筋にぞわりと悪寒が走る。田代の言葉は先程から正しい。だからこそ、これ以上聞いてはいけないと脳裏で警鐘が鳴る。卯月の顔を見て、田代が下卑た笑い声をあげた。

「なんでわかったかって? ちと想像したのさ。あんたが夢で見たっていう『ちさと』『かおるこ』『りあな』の三人。不思議なことに、俺はこの三人の名前を別のところで見たことがある。――古坂部事件の被害者とされる者たちのリストでな」

 瞬きすら忘れて、彼の言葉をもう一度反芻する。

「被害者……?」

「あくまで被害者と予想される者たちであって、実際に証拠が出てきたわけじゃねぇ。古坂部は被害者の遺体を綺麗さっぱり始末してたんでな。ほらよ、これが被害者とおぼしき女のリストだ」

 折りたたんだ紙を投げて寄越される。震える手で広げると、ずらりと女の名前が印字されている。その多さに目眩を覚えたが、さらなる衝撃が卯月を襲った。

 覚えのある名前が散見された。卯月の記憶にパッと該当する人物の姿が浮かぶ。

 ちさと――神田千里は、五歳の子どもだ。両親と三人暮らしで、年に二度、母方の祖父母の家に行くことを楽しみにしていた。保育園では頼られる存在で、誰にでも優しくできる子だった。

 かおるこ――長谷川薫子は十九歳の専門学生だ。彼女の祖父が和菓子職人だったことで、小さい頃から和菓子をよく食べて育った。やがて和菓子職人になるために高校を卒業すると同時に専門学校へ入学。食べることも大好きで、日本中の上生菓子を食べるの、というのが口癖だ。

 りあな――井田りあなは、二十一歳の大学生だ。母親の影響で刑事ドラマが大好きな彼女は、時間を作っては刑事ドラマを見て過ごした。彼女にとって刑事は憧れの象徴であり、当然のように将来は警察官になるのだと勉強に励むようになる。

 他の名前も、見ただけでその人物がわかる。どんな家族構成で、どんなふうに生き、どんなふうに――死んだのか。

 卯月は彼女らの人生を、夢を通して追体験したのだ。

 両手で口を押さえた。被害者リストが机に落ちる。

「不思議だと思わねぇか。なんであんたが、そんな被害者らの夢を見るのか」

 田代の口調は、その答えも知っているかのようだ。だがそれを問いただす余裕はなく、卯月はこみ上げてくる吐き気をただ堪える。こんなところで吐くわけにはいかない。唯一卯月を受け入れてくれた会社だ、問題だけは起こすものか。

 俯く卯月の耳に、手帳をめくる音が届く。

「これは俺があちこち走り回って手に入れた、古坂部悠二の作文だ。子どもの頃のものだな。具合悪そうだから、読んでやるよ」

 ――かぞくでレストランにいきました。おいしくなかったです。

 ――ごはんをつくりました。むずかしくて、できませんでした。

 子どもらしい、単純な文章が続く。内容はどれも似ており、古坂部が偏食であったことが伺えた。

 ――どうしてご飯を食べないといけないのかわかりません。苦痛です。

 ――ぼくの夢は、医者になることです。たくさん勉強をして人を助けたいと思います。

 小学四年生から、内容ががらりと変わった。食に対する不満ではなく、コンクールで優秀作品に選ばれてもおかしくないような、子どもらしからぬ文章ばかりが続く。

「古坂部の近所で当時一歳の少女が行方不明になっている。古坂部悠二が小四の頃だ。ベビーカーを押していた母親が背後から殴られ、気を失っている間に攫われたんだと」

「……古坂部が小学四年生で殺人に手を染めていた、と世間に公表したいんですか」

「馬鹿やろう。作文を聞いてなかったのかよ。古坂部は幼い頃から、食べることに関してストレスを感じていた。作文が軒並み食に関する内容になるほどにな。それがなくなった。つまり、もう食に対するストレスを克服できたんだ。俺はな、こう考えた。古坂部は、一歳の少女をさらって食ったんじゃねぇかってな」

「は……?」

 何を言っているのか、意味が正しく理解できない。言葉だけが脳裏で反芻し、嫌でも理解したころ。卯月は、彼の言わんとしていることを察した。

「初めてうまいと感じたのが、人間だったんだろうよ。いや、元々人にしか食欲がわかねぇのか」

 田代が、クッと笑う。

「小四ながら、そのうまい飯を食い続けるにはどうするべきか考えたんだろう。この頃から古坂部は人が変わったように魅力的な人間になったらしい。まぁ、擬態だろうな。優秀なやつが犯罪なんか犯すわけねぇって思わせたかったんだろうさ。実際やつは、三十六で殺害されるまで犯行を繰り返した。古坂部の周辺では、例の一歳児の行方不明事件以後、不規則とはいえ、失踪事件が続けて起きている。どれも古坂部より遥かに年下の、幼い子どもばかりだ。初めのころは男女共に食ってたみたいだが、次第に女児へ傾倒していく。好みの味だったんだろう。これは古坂部が死亡する過去一年に購入した品物だ。調理器具を購入してんのに、食材を購入した記録が――」

「どうしてそんなに平然と話せるんですか」

 おかしそうに話し続ける田代の言葉を遮るよう、声を荒らげる。

 田代が掴んだ特ネタというのはこのことなのだ。古坂部悠二はただの快楽殺人者ではなかった。攫った女たちを食糧にしていたのだ。

「なにを怒ってるんだ」

 田代が肩を竦めた。

「あんたの体にも、やつの血が流れてるんだぜ。もう気づいてるんだろう、あんたの父親が古坂部悠二だってことに」

 田代は複数枚の写真を取り出した。

 ネットに出回っている古坂部悠二の写真免許証のような写真、卒業アルバムのコピー。それ以外にも彼が微笑んでいる写真があった。画質が荒いものや、夜に撮っただろう写真もある。それらを扇のように広げて、田代は卯月の目の前に突き出した。

「顔立ちがあんたとそっくりだ。それだけじゃない。古坂部悠二は暗い場所で目が赤く見えたんだと。あんたの右目も同じだってことは、すでに調べてある」

 田代が、写真でぺしぺしと頬を軽く叩く。

「人を食って栄養にしてたやつの血が、あんたに流れてるんだ。つまり、あんたの体も、無残に殺されて食われた人間の血肉で出来てるのさ」

 視界が歪み、頭のなかを無数の釘で刺されたような激痛が襲う。両手で頭を抑えながら、自分の体を見下ろした。卯月が幼いころから奇妙な夢を見るのは、卯月に流れる血がそうさせていたのか。あれはただの夢ではなく、実際に起きたことだというのか。

 田代が置いた古坂部の写真と目が合った。三十歳ほどの古坂部が、真剣な顔で読書をしている横顔だ。辺りは明るく、緑が多いことから公園のような場所だとわかる。これまで見てきたどの写真より、彼の美しさが際立つものだった。

 夢の光景がその姿に重なる。拘束された手足。咥えさせられた布。暴れることも叫ぶこともできない状態で、固く冷たい寝台に寝かされている。

 そんな卯月のすぐ傍に立つ男の横顔が、まさしくこの写真と同じだった。

 美しい悪魔だ。彼は眉一つ動かさず、まるで手術でもするかのように真剣な顔でメスを取る。彼の手が迷いなく肌を撫でる。そうして彼女は生きたまま解体された。

 ふと、卯月は田代を見た。彼は先程、なんと言っていた。

 ――でも、あんたあのときこう言ったよな。双子の兄がいる、って。

 そうだ、確かにそう言ったはずだ。

「わ、私に双子の兄が、見える……の……は」

「空白の一週間。おそらくこの間に、ミヨにとって古坂部悠二を殺害する本当の動機となる出来事が起きたんだ。もうわかるだろう?」

 梅太を見ようとしたが、咄嗟に顔を戻す。血の気が引いて、歯の根がガチガチと音を立てる。そっと肩を抱いている梅太の手に力がこもった。

 ――古坂部は、自分の息子を食べたのだ。

 それを知ったミヨは古坂部悠二の殺害を決意し、生き残った卯月を児童養護施設に預けた。そういうことだったのだ。

 田代の懇切丁寧な説明と古坂部が幼少期に感じていただろう食へのストレスを示す証拠の数々、写真、被害者リストと夢に見る光景。何もかもが合致する。

 嘘だ。信じない。卯月は腹の底でうごめく激情を逃がそうと歯を噛みしめた。胃液がこみ上げて歯の隙間からこぼれ、次の瞬間、床に嘔吐していた。胃が痙攣し、呼吸すら忘れるほどにひたすら胃のなかのものを吐き出す。涙と鼻水が止まらない。

 体をかきむしった。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。自分の体がたまらなく気持ち悪い。

 全部嘘に決まっている。守屋卯月は、ただの孤児でしかない。凶悪な殺人鬼とは無関係だ。双子でもない。ただの一人の少女として生き、ここにいる。


 *


「私はその場で意識を失い、目が覚めたら病院でした。三年間、精神病院で入院し、退院後に奥背山へ越してきたんです」

 卯月はそこまで一気に話し、深く息を吐き出した。


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