遠く、遠く。
掲載日:2026/03/09
ひぐらしの鳴き声。
遠く、遠く。
縁側に座った僕らの頭上を、
雲はゆっくり形を変えながら流れていく。
「私もついに大学生かぁ」
「そうだね」
最初の出会いから、何度目の夏だろう。
「今年が最後、かな」
言葉が落ちた瞬間、木々の葉がざわめいた。
それは、胸の奥の動揺をそのまま映したみたいで。
当たり前に毎年夏が来るから、
当たり前が続くと思っていたのに。
「……そっか」
それしか言葉を紡げなくて。
「もう君も、来年高校生だね」なんて呑気に笑う彼女は、
きっと何も気付いていない。
「あんなにちっちゃかったのにね」
この気持ちがいつからあったか分からないけれど、
名前を付ける前に終わってしまって。
「それじゃ、またね」
――あぁ、きっとそれはもう来ない。
彼女は残り香を置いて、立ち上がる。
その先の未来を見つめて。
そこにいるのに、そこにいない。
手を伸ばしても、きっとすり抜けてしまう。
頭上を流れていく、あの雲と同じ。
僕の言葉を待たずに、彼女は歩き出す。
「また」、があるように。
その背中を見送りながら、胸の奥で言葉が滲んだ。
――さよなら、“恋”よ。また、いつか。




