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風の住む家

「こっち入ってきて」


ルテアに促されて木目調の扉を通り、中に入る。オレンジ色の照明は穏やかな雰囲気を作っていてなんだか落ち着く。木製の机や椅子も程よいサイズ感で可愛らしい。奥には暖炉と本棚がある。ここで彼女は普段生活をしているのだろうか。ルテアの方を見るとこちらに気づいて楽しそうに振り返った。


「ようこそ、私のお家へ。そしてこれからはあなたのお家にもなるの。よろしくね。」


そうだ、僕もこの家で暮らすんだ。慣れない空間に緊張して風が強ばってしまう。いけない、風力を強くしてはこの家を冷やしてしまう。けれど彼女は焦ることなく笑った。


「ねえリータ知ってる?風ってね、冷たいだけじゃなくて、暖かくもなれるものなのよ。」


そう言って暖炉に火をつけた。薪が燃えて、煙突の口へ向かって煙が上がっていくのが見える。

少し経つと部屋の空気が温まっていくのを感じる。それに合わせて僕の体も温まる。ほっと小さく風を吹かせるとルテアは柔らかく微笑んだ。


「ね?言ったでしょう?ちっとも寒くないわ」


その言葉を聞いて僕はまたほっとした。よかった。どうやら、僕の風がこの家を冷やしてしまうことはないらしい。


「さあ、せっかく同じ場所に住むんだもの。これと言って良いお茶菓子は出せないけれど、暖かい飲み物くらい用意するわ。そこへ座って待っていてちょうだい。」


細い指先で僕の前の丸い椅子を指してからくるりと向き直ってキッチンへと歩いていく。足を踏み出す度に長い髪と白いドレスがふわりと揺れる。ポットを取って蓋を開け、丁寧に葉っぱを中に入れていく。あれはなんだろう、僕には枯葉にしか見えないが、彼女のことだからきっと素敵な飲み物になるんだろう。暖かい水を注いで、蓋をして、台に少し寄りかかって、こちらを振り返ってーー。


「ちょっと、何じっと見てるのよ。そんなに面白いことしてるかしら、私。」


眉をひそめたルテアに小さく笑われて、僕はやっと彼女の姿に見蕩れていたことに気づく。瞬間、僕の温度が暖炉の温度よりも熱くなって熱風を吹き出してしまった。その風をうけて暖炉の火が小さく揺らぐ。こちらを見る目を見ないように、ひたすら机の木目を見つめてみる。すると今度は透き通った笑い声が響いた。


「別に見るなって言ってるわけじゃないわよ。ただ、そんな風に見られたことがないから不思議だっただけ。いいわよ?見てても。そんなに私のことを見ていたいなら」


面白いものを見たような目でこちらを見つめ、おどけたような声で話してみせた。僕は僕の中の熱を何とか冷まそうと静かに風を吹いてから言った。


「いや、別に見たかったとかそういう訳じゃ…」


それを聞いた彼女はまた大きく笑って「はいはい」と返事をした。なぜだか分からないが、彼女の笑い声は僕の風の勢いを強くする力があるようだ。僕じゃないのに風を操れるんだから、やっぱりこの子は神様なのだろう。


「ほらほら、何突っ立ってるのよ。そこ、座って。遠慮とか気遣いとかいらないのよ?」


カップを2つ乗せたトレーを持ってこちらに来ると、僕の前にひとつ置いて机を挟んだ反対側に座った。

座る……椅子に?椅子って、どうやって使うものなんだろう。僕は今まで大きな石の上や草むらにしかいたことがないから座り方が分からない。そもそも僕には乗せる身があるのかすら微妙だ。戸惑っている僕に気付いたのか、ルテアは僕の隣に椅子を持ってきた。


「真似してみて」


膝を折り、体を椅子の面に下ろす。風の僕には膝があるのかどうか分からないけどなんとなくで真似てみる。下の方を折り曲げて、僕の真ん中より少し下あたりを椅子の面に乗せて…。


「心配しないで大丈夫よ。ちゃんとできてる。」


そう言って笑った彼女の目線がいつも話している時よりも近いことに気づく。椅子に乗って僕の体が縮んだことで僕の高さがルテアの高さに揃ったらしい。僕はまた彼女を見続けてしまうような気がしたので、先を見越して机の上のカップを眺めることにした。夕日の滲んだ水溜まりのような色。緩く風が撫でると表面が波うって揺らぐ。


「これは、なんて言うものなの?」


僕は尋ねる。


「これはね、紅茶。お茶の木の葉をとって発酵させたものをお湯で煮出して飲み物にするの。」


紅茶。そういう飲み物があるのか。本当にこの子は僕の知らないものを沢山知っている。


飲む、という動作も僕にとってはよく分からないけれど、とりあえずルテアの真似をひたすらしてみる。初めて、味というものを知った。


「おいしい?」


左隣から興味ありげな顔で僕の方を覗く。


「おいしいって、どんな感覚なの?僕、今初めて味という感覚を知ったんだ。おいしいのかどうかは…まだ、分からない。」


すると、左上に視線を動かして少し唸ってから


「じゃあ、また飲みたいと思う?それとも、もう飲みたくない味?」


と尋ねてきた。「飲みたい…と思う、たぶん」と答えると、またぱっと明るい表情で


「それが、美味しいって感覚だよ。」


と教えてくれた。

これが、美味しい…。この子といると知らないことを沢山知れる。ただ街を駆け抜けていた日々では見つけられなかったような、気付けなかったような感覚に気づくことができる。僕はこの時、生まれて始めて知りたいと思った。この世界に溢れる沢山のことについて。そして、ルテアについても。


僕はワクワクして、また風を起こした。

けれど、今までとは違って冷たくない。柔らかく、暖炉の空気を纏った暖かい風を起こした。

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