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【完結】飛行狂リッチ様の観測記録  作者: 遠野 周


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第7話 燃える衝動

 ――結論から言おう。

 爆発は、成功の音である。


 火が上昇を生むと分かった今、

 次はそれを方向づけねばならない。

 上ではなく、前へ。


 飛行とは、意志を方向に変換する技術である。


 私は夜明け前から準備を始めた。

 スライム膜を筒状に成形し、骨で枠を組む。

 内部に風を通し、出口を狭める。

 そこに――燃える衝動を入れる。


 名付けて「観測筒一号」。


 スライムが心配そうに見上げた。

「リッチ様、それ……燃料は?」

「熱源には、協力者を用いる。」

「協力者って?」

「君たちだ、火の玉。」


 火の玉たちが、ぴたりと止まった。

「……協力って、まさか……」

「もちろん観測だ。」

「つまり、燃やされるってことでは!?」

「違う。“燃える”のだ。」

「どっちも同じ意味だろ!」


 それでも、一つが前に出た。

 昨日いちばん派手に燃えた個体だ。

「……面白そうだな。」

「おお、理解者か。」

「いや、たぶん理解してねぇ。」


 スライムが嬉しそうに呟いた。

「リッチ様、また“理解者”が増えましたね。」

「理は感染する。良いことだ。」


 観測筒に火の玉を配置。

 空気が震え、世界が息を止めた。


「――観測開始。」


 瞬間、光。音。爆風。


 筒が唸り、炎が咆哮し、空気が逆流する。

 スライムは吹き飛び、コウモリたちは木の上で悲鳴を上げた。

 そして――私は笑っていた。


「すばらしい! 今の爆風、確実に推進力を得ていた!」


 火の玉が地面に転がり、かすかに煙を上げる。

「げほっ……こ、殺す気か……!」

「安心しろ。死は一度きりで十分だ。」

「その言い方やめて!?」


 私は灰を指先ですくい、光にかざした。

「燃焼の残滓。これが“力の向き”だ。」


 火の玉がふらふらと浮かび上がる。

「……あんた、ほんとに飛べると思ってんのか?」

「当然だ。風が押すなら、私は掴む。」


 ――風を掴むとは、拒みを受け入れること。

 押されることを恐れぬ者だけが、上へ行ける。


「だが、問題は素材だな。」

 リッチは筒を観察した。

「爆風の力に、器が耐えられない。」


 スライムがぴくりと震えた。

「ま、まさかまた僕の膜を……?」

「違う。今度は、より強靭な骨格を使う。」


 私は静かに呪文を口にした。

 ――屍操。


 周囲の大地がわずかに脈動する。

 地面に埋もれていた骨が、ひとりでに立ち上がる。

 風に削られた獣の骸、折れた角、裂けた翼。


「ほら、生命の再演だ。

 死んでもなお、世界の構造を学び続ける。」


 火の玉が一歩引いた。

「いや、ちょっと怖いって!」

「怖い? 違う、観測だ。」

「死人を動かしてる時点で怖いです!」

「彼らはもう動いている。

 ならば、それを観測するのが礼儀だろう。」


 屍操の獣がぎこちなく羽ばたいた。

 砂が巻き上がり、風が渦を描く。


「見ろ、風が形を持った!」

「ぎゃああ! なんか浮いてる!!」

「美しい!仕組みが羽ばたくのだ。」


 しかし次の瞬間――

 翼が軋み、骨が砕け、

 屍操の獣は砂の中に崩れ落ちた。


 静寂。


 スライムが怯えた声で問う。

「……死にました?」

「いや、もう死んでいる。」

「二回目です!」

「再演回数が増えただけだ。理は繰り返しを好む。」


 リッチは崩れた骨片を拾い上げ、

 指先で撫でながら記録した。


 ――観測記録第58号:爆風は方向を持つ怒りである。

 ――補足:揚力とは、風の逃げ場。

 ――余談:再演体、実験中に再度死亡。倫理的問題なし。


 火の玉が溜息をつく。

「お前の“倫理”の基準、ガバガバすぎんだよ……」

 リッチは微笑んだ。

「倫理とは、観測が足りぬ者の恐怖だ。」


 風が頬骨を撫でた。

 熱の残滓が、まだ空に揺らいでいる。


 ――風は拒む。だが、拒みは押し返しになる。


 私は空を見上げた。

「押す力があるなら、浮く力もある。

 拒むなら、きっと支えることもできる。」


 コウモリが翼をすぼめながら呟く。

「……リッチ様、それ、飛べるんですか?」

「飛べるさ。理がそう言っている。」


 夜風が吹いた。

 骨が鳴り、炎が揺れ、スライム膜が微かに波打つ。


「よし。次は、風の形を“安定させる”観測だ。」


 火の玉が即座に叫ぶ。

「やめとけ! 安定って言葉、信用ならねぇ!」

 スライムが半泣きで続けた。

「また爆発しますよね!?」

 リッチは頷いた。

「当然だ。爆発こそ、成功の音だからな。」


 風が笑った。

 その笑いに、私も笑った。


 ――観測は続く。


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