第6話 熱の記録
――結論から言おう。
熱とは、怒りの記録である。
今日の観測対象は、“火の玉”だ。
あれほど自由に空を飛ぶ存在はいない。
重力にも空気にも逆らって、ただ燃える。
つまり、理の結晶である。
「リッチ様、危ないです! 近づいたら燃えますよ!」
「燃えるとは、反応することだ。観測者にとって危険とは、未解明の別名だ。」
スライムが青ざめた(たぶん)。
夜の荒野。
ゆらゆらと火の玉が浮いている。
彼らは感情の塊のような存在だ。
怒れば燃え上がり、喜べば弾け、悲しめばしゅんと消える。
「火の玉よ、観測を頼みたい。」
近づくと、一つがこちらを振り向いた。
「うわっ!? なにこれ!? 骨!? しゃべった!」
「私はリッチ。空を観測する者だ。」
「空とかどうでもいいけど! あんた、その服どうしたの!?」
「服?」
私は自分の胸元を見下ろした。
焦げ跡だらけの司祭服。
ところどころ灰色に変色している。
「最近、私を呼びつけた人間の服を拝借した。研究者っぽいだろう?」
「それ司祭の服だよ!」
「そうか? この袖口の焦げ具合が美しいじゃないか。焼却炉の色だ。」
火の玉が一歩下がった。
「……あんた、やっぱりヤバい骨だな。」
リッチはさらりと言った。
「よく聖職者には呼ばれるから、服のストックは多い。」
「ストック!?」
「向こうが勝手に燃えるので、こっちが残る。」
「怖え話をさらっと言うなよ!」
私は首をかしげた。
「そうか? 合理的だと思うが。」
「いや、違う意味で合理的すぎる!」
火の玉がため息をつきながら言った。
「……つーかさ。あんた長生きしてんだろ?
だったら火の魔法とかねぇの? ほら、四元素とか、人間言ってんじゃん。」
「魔法? そんな分類は、人間が勝手に作った幻想だ。」
「え、マジで? 風とか火とか、そういうのないの?」
「風も火も、誰のものでもない。
我々は、それを“観測する”だけだ。」
火の玉がふわりと笑う。
「やっぱ、あんた、やべぇ骨だな。」
「異端とは、理の正しい姿だ。」
リッチは少し考え、ぽつりと呟いた。
「なるほど。熱には向きがある。
ならば、君たちの“本気の燃焼”を観測したい。」
「本気って……どのくらい?」
「できる限りだ。私の骨が溶けるくらいで構わない。」
「こえーこと言うなよ!」
「死の業火はすでに経験済みだ」
「いや、なんも安心できねぇの!」
火の玉たちは顔(らしき炎)を見合わせた。
「……おい、お前やれよ。あいつ笑ってるし、大丈夫だろ。」
「俺!? やだよ、あの骨、元々そういう顔じゃん!」
「でも、“観測”とか言われたら、ちょっと燃えるだろ。」
「いや俺たち、もう燃えてるけどさ!」
しばし沈黙。
炎がぱち、と音を立てて弾けた。
「……もういいや。どうせ燃えるなら、派手に行くか。」
リッチが満足そうに頷く。
「うむ、協力的で助かる。」
炎が跳ねた。
轟音。
爆風。
空気が一瞬で沸騰する。
スライムが悲鳴を上げて、地面にへばりつく。
炎が柱のように伸び、夜空を照らした。
その中で、リッチはただ呟いた。
「……これだ。熱とは、上昇の衝動。意思の形だ。
燃焼とは、世界が押し返す呼吸だ。」
翌朝。
焼け焦げた地面の上に、私は静かに立っていた。
「リッチ様……体、大丈夫ですか?」
「問題ない。少々骨が柔らかくなっただけだ。」
「それ、問題じゃないですか!?」
私は溶けた地面に指を走らせ、記録した。
――観測記録第32号:熱は上昇する意志。
――補足:怒りは動力である。
――余談:服がさらに研究者らしくなった。
焦げた袖口を見下ろし、少し笑う。
「美しい。
理は常に、焼き跡を残す。」




