第5話 翼たちの夜
――結論から言おう。
観測とは、連鎖する。
昨夜、空で奇妙な現象を観測した。
私の頭が、コウモリの群れに衝突したのだ。
結果として、彼らの羽ばたきの軌跡を極めて近距離で記録できた。
あれは、風が“形を持つ”瞬間だった。
まさに、世界の息遣いそのもの。
……つまり、実にすばらしかった。
そして今夜。
私の元に、黒い群れがやって来た。
「り、リッチ様ぁ……!」
声が震えていた。
翼も震えていた。
全身で震えていた。
「おお、昨日の観測対象たちではないか!」
私は骨の手を広げた。
「ちょうどいい。君たちのことを探しに行こうと思っていたんだ!」
(――やっぱり来て正解だった!!)
(来なかったら、“探されて”見つかった瞬間に終わってた!!)
「どうした? まさか、再現実験に志願しに来たのか!」
「い、いえっ!! その……お手伝いを!」
「お手伝い?」
「は、はい! 風の、えっと……観測を! 少しでも!」
私はしばし沈黙したのち、
骨の歯をきらりと光らせて笑った。
「……理解者が、現れたか!」
その瞬間、コウモリたちは泣きそうな顔になった。
(ただの生存本能!!“理解者”って呼ばれたら逆に怖いんだよぉ!!)
「素晴らしい。君たちのような翼は、風を“読む”のに最適だ。
だが……」
リッチはふと顎に骨の指を当て、考え込んだ。
「生体ゆえに、羽ばたきに個体差が出るな。
ううむ、もし均一化するなら――屍にしてしまえば精度が上がるか……」
「いっ、いえっ!!!」
「ん?」
「個体差こそ、風の多様性です!!!」
「なんと……!」
リッチの眼窩に青い光が灯る。
「すばらしい発想だ! 理を補うのは理ではなく、変化か。君たちは天才だ!」
(“屍にして精度を上げる”って何の話だよぉ!!)
翌日。
崖の上に奇妙な観測陣が組まれた。
スライムが分泌物で翼膜を張り、
コウモリたちがその上を飛び、
私は中央で頭を外して風向を読む。
名付けて――“複合風流観測実験”。
「――観測開始。」
私の頭が宙を舞い、
スライム膜が震え、
コウモリたちが空気の流れを報告する。
「リッチ様! 西の風が上昇に転じました!」
「風速四! 翼膜の共鳴、安定しています!」
「いいぞ、風の法則が歌っている!」
風が走る。
音が生まれる。
空気が、形を取る。
――まるで世界そのものが、息をしているようだった。
私は骨の奥で微笑んだ。
「君たちの羽ばたきが、風を“見える”ものにしている。」
風がひときわ強く吹き抜け、霧が細く裂けた。
その揺らぎがスライムの表面に触れた瞬間、彼は小さくぷるりと震えた。
「……あ、リッチ様。風の向き……昨日より安定してますね……。」
自分でも驚いたように言った一言だった。
リッチがゆっくりと振り返り、眼窩の奥を淡く光らせる。
「ほう。君はその揺らぎでわかるのか。実に興味深い。」
その言葉を聞いた途端、スライムは自分の体の中心がふわっと熱くなるのを感じた。
(……興味深いって、褒められた……? 褒められた……?)
心の中でそっと喜びが弾ける。
横で火の玉がじとっとした声で言った。
「お前、なんか嬉しそうだな。」
スライムは誤魔化すように、けれど抑えきれずにぷるりと震えた。
「……えへへ。」
そのやり取りを聞きながら、リッチだけが満足そうに頷いていた。
「観測とは伝染するものだ。
君が風を感じてくれるなら、良い兆候だ。」
夜。
観測を終えたコウモリたちは地面にへたり込み、
「い、生き延びた……」と小声でつぶやいていた。
私は空を仰ぎ、静かに骨の指を動かした。
――観測記録第21号:風は線を描く。
――補足:羽ばたきは、理の言語。
――備考:理解者の来訪。感謝。
火の玉が夜空を横切る。
その光を見つめながら、私は言った。
「理は伝わる。
風のように、恐れを越えて。」
スライムがそっと答える。
「……リッチ様、やっぱり怖いけど、すごいです。」
「怖いのは、未知だ。
だが、未知こそ観測する価値がある。」
風が吹く。
その中で、リッチは静かに笑った。
――観測者の夜は、今日も穏やかだった。




