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【完結】飛行狂リッチ様の観測記録  作者: 遠野 周


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第2話 翼の構造

 ──結論から言おう。

 人は翼を持たないのではない。

 作るのが面倒くさいだけだ。


 だが、私は作ることにした。


 昨日の落下は実に良い刺激だった。

 夜の間、山の中で素材を集め、今日の私は上機嫌だ。

 リスの骨で関節を、木の枝で支柱を組み、

 森に落ちていた人間の荷物から、まだ使えそうな布を拝借した。


 骨を操るのは得意分野だ。

 いや、嗜んでいると言った方が近いか。

 骨格とは、構造の詩である。

 動かすたびに法則が鳴る。


 いかにも頼りないが、見た目はそれっぽい。

 名付けて──“観測翼一号”。


「美しい……!」


 出来栄えに満足していると、後ろでゴブリンがそっと囁いた。

「……あの骨男、また変なもん作ってるぞ」

「前は“風を感じる実験”とか言って、崖から飛び降りてたやつだろ」

「今度は飛ぶらしいぜ。骨が折れるぞ」

「もう折れてるだろ」


 あいかわらず、失礼な連中である。


 私は翼を背負い、崖の縁に立った。

 朝の風がやさしく吹く。

 温度、湿度、風向き──すべて完璧だ。

 もちろん、どれも測ったことはない。

 “完璧な気がする”というのが重要なのだ。


「では……観測開始!」


 私は腕を広げ、足を一歩踏み出した。


 ──落ちた。


 風が頬を切る。翼がばたばたと音を立てる。

 思ったほど浮かない。

 いや、全然浮かない。


「思想的には飛べるはずなんだが……」


 地面が迫る。

 がしゃん、と派手に着地した。

 粉塵が上がり、翼の半分が砕けた。


 それでも私は笑っていた。


「……風が、下から押してきたぞ。」


 その感覚を確かに覚えていた。

 ほんの一瞬、ほんのわずかに、

 風が、私の体を“拒んだ”のだ。


 なるほど。

 風は押し返すもの。

 ならば、それを“掴む”こともできるのではないか?


「うむ、記録だ。」


 私は粉々になった翼を拾い集めながら、地面にメモを刻んだ。


 ──観測記録第2号:風は押す。風は逃げる。

 ──結論:もっと風を叩け。


 翌日。


 私はさらに大きな翼を作った。

 今度は両腕だけでなく、胴体にも固定。

 布を二層にして、強度としなりを両立させる。

 支柱はゴブリン製の槍を拝借。


 本人たちは「返して!」と泣いたが、観測の前では些細なことだ。

「君たちの貢献は後世に残る。安心したまえ。」

「やだあああ!!」


 試作二号、完成。

 名付けて“観測翼二号改”。


 崖の上。

 今日は昨日より風が強い。

 髄液がざわつく。いや、比喩ではない。実際に音がする。


「……よし、風向き、上昇。今日はいける。」


 翼を広げ、助走をつける。

 地面を蹴り

 ──跳んだ。


 風が翼を叩く。

 骨が軋む。

 翼が鳴る。

 空気が“抵抗”している。


 押し返されている!


「……風が、掴める!」


 ほんの数秒。

 体が地面を離れた。

 数十センチ、いや、数メートルだ。

 でも、確かに浮いた。


 落ちた。

 派手に転げ回って、翼はめちゃくちゃ。


 それでも私は、歯をむき出しにして笑った。


「成功だ!」


 周囲のモンスターたちはぽかんとしている。

 コボルトが一匹、勇気を出して近づいてきた。


「……飛べたの、ですか?」

「飛べたとも!」

「すごいです! どのくらい?」

「二秒だ!」

「……短っ!」


 コボルトは逃げた。

 だが私は誇り高かった。

 世界で初めて、理屈で空を掴んだリッチなのだから。


「なるほど、翼とは、風との会話だ。」


 私は崖の端に座り、壊れた翼を撫でた。


「風は逃げる。触れられぬ。だが押せば必ず押し返してくる。

 押されることを恐れなければ、浮く。」


 風が、頬の骨を撫でていった。

 私はそっと、笑った。


「……ああ、楽しい。」


 そして骨の指で書き残した。


 ──観測記録第3号:翼の感触、風の対話。

 ──次回観測:より軽く、より強く。


 夜が来た。

 空には星。

 火の玉たちがゆらめきながら漂っている。


 あいつらも、風に乗っているのだろうか。

 私もそのうち、仲間入りしてやる。


「おやすみ、風。」


 静かな夜に、骨の笑い声がこだました。


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