第11話 世界、丸し
――結論から言おう。
世界は、閉じている。
ゆえに、どこへ行っても理は続いている。
なんて美しい対称性だろう。
数日後。
風の名残号は、焼け跡の中で再構築されていた。
「リッチ様、今日こそ空を目指すんですね!」
スライムが真剣な声で言った。
「当然だ。前回は“地面の観測”に成功した。
次は“空の連続性”を確認する。」
「それ、墜落の言い換えでは!?」
コウモリがざわつく。
火の玉が笑う。
「いいじゃねぇか。観測は繰り返すもんだろ。」
「そうだ。繰り返しこそ再現性の証だ。」
新機体――風の名残号Ⅱ。
スライム膜を二重構造にし、
火の玉の熱流を制御する吸気筒を備え、
翼の角度を三段階で可変にした。
屍操のアンデッドたちは、もはや熟練の組み立て班だ。
コウモリたちが空を飛びながら報告する。
「南風、安定してます!」
「気温上昇! 今日は飛び日和!」
スライムがぷるぷる震えながらも笑った。
「……みんな、なんか楽しそうです!」
リッチは静かに頷く。
「理は伝染する。
観測とは、信仰の逆流だ。」
夕刻。
太陽が沈む瞬間、風が黄金に染まる。
リッチが骨の手を上げた。
「――観測、最終段階。」
「リッチ様、いよいよですね。」
「あぁ。理は途中で止まらない。」
火の玉がぼそりと呟く。
「なあ……もし死んだら、アンデッドにしてくれよな。」
「任せろ。だが、その時はもう飛べないぞ。」
「……じゃあ、生きて帰るよ。」
リッチは笑った。
「すばらしい。理に忠実な返答だ。」
――点火。
火の玉が爆ぜ、風が唸る。
スライム膜が光を受けて膨張する。
リッチの骨格が震え、空気が押し返す。
「揚力、確認!」
「推進、安定!」
「角度、維持!」
屍操のアンデッドたちが一斉に支柱を押し出す。
機体が跳ね、舞い、浮いた。
風が背を撫でる。
世界が傾く。
空が、抱きしめてきた。
「……これが、理の祈りか。」
リッチは視界の果てを見た。
雲が流れる。
火の玉の光が、風の筋を照らす。
スライム膜に映る景色が、ゆっくりと丸みを帯びていく。
「ほら……世界は、丸い。」
骨の歯が、陽光を受けてきらりと光る。
コウモリが歓声を上げ、火の玉が軌跡を描き、
スライムが泣きそうな声で叫んだ。
「飛んでる! 本当に飛んでるんです!!」
リッチは笑った。
「理は、美しいな。」
機体がゆっくりと降下を始める。
火の玉の熱が穏やかに弱まり、風が体を包む。
地面が近づいてくる。
――衝撃。
――土煙。
静寂。
しばらくして、煙の中から声がした。
「観測記録第100号。世界、丸し。」
骨の腕が上がり、空を指した。
その向こうで、風が笑っていた。
夜。
焚き火代わりの火の玉たちが光を放ち、
スライム膜が風に揺れる。
コウモリが低く輪を描きながら飛んでいた。
スライムがぽつりと言った。
「……リッチ様、世界って、丸かったんですね。」
「当然だ。終わりが始まりに繋がっている。」
「なんか、優しいですね。」
「優しさとは、理の滑らかさだ。」
火の玉がくすくす笑う。
「結局さ、リッチ、お前……飛ぶよりも、笑ってたよな。」
「風が笑っていたのだ。私はただ、それを真似ただけだ。」
空を見上げる。
雲が流れ、星が瞬く。
地平線が、わずかに曲線を描く。
リッチは静かに呟いた。
「理解とは、祈りだ。
理を信じるとは、世界を愛することだ。
――世界は丸い。
つまり、どこへ行っても続いている。」
風が吹く。
骨が鳴る。
火の玉がふわりと灯る。
誰も死ななかった夜。
ただ、空が少しだけ近かった
『飛行狂のリッチ様の観測録』完結です。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
実はこの作品、あるYouTubeチャンネルの“物理実験シミュレーション”を見ていたのが始まりでした。
「あれ……これ、実際にやるには不死身じゃないと無理では?」
と思った瞬間、
「よし、不死身のモンスターにやらせよう」
という雑な発想が生まれました。
では“どんな実験”をやらせるか?と考えた結果、
「空を目指すのはどうかな」
という結論に落ち着き、あの飛行狂のリッチ様が誕生しました。
書いていて一番楽しかったのは、
頭蓋骨をコウモリの群れに突っ込ませておきながら「最高の観測だった」と満足しているところ
コウモリたちが生存本能全開で理論武装してくるところ
召喚されたリッチ様と人間の死生観のずれ具合がわかるところ
など、“世界の理”と“生き物の本能”が変な角度でかみ合っていく瞬間でした。
リッチ様は、破壊や支配に興味がない代わりに、
「理解したい」という欲望だけで永遠を使っています。
その狂気めいた理性と、どこか優しい観測態度を、
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
感想やレビューなどいただけると、
リッチ様の観測記録が一行増えます。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




