第10話 群れという構造
――結論から言おう。
“理”は、ひとりでは立てない。
――この夜、初めてわかった。
仲間たちの動きが、私の観測より先に走る瞬間を。
その日の朝、リッチ様は出かけていった。
「呼ばれたから行ってくる。」
「どこへ、ですか?」
「人間のところだ。私を召喚できるのなら、それなりに知識のある者だろう。
ついでに“飛行”について、どんな考えを持つのか聞いてみようと思う。」
そう言って、霧の中へ消えた。
まるで散歩にでも行くような足取りで。
リッチ様がいない崖の上は、いつもより風がよく通る。
焦げた翼、折れた骨、破れたスライム膜。
――風の名残号の残骸だ。
火の玉が、静かに漂いながら言った。
「……直す?」
「え?」とコウモリが首をかしげる。
「いや、別に誰も命令してねえけどさ。
ほら、これ、直せば……また飛ぶんじゃねぇか?
って、なんで自分、やる気になってんだろ……」
コウモリは翼をぱたぱたと動かした。
「……飛ぶところ、見てみたいんだよ。
あの骨が、ほんとに空に浮かぶとこ。」
火の玉が笑う。
「だよな。」
スライムがぷるぷると震えながら、破れた膜を張り替え始めた。
「膜、もうちょっと薄くしてみます。その方が風が流れやすいと思うので!」
火の玉とコウモリが同時に叫ぶ。
「えっ、スライムが理っぽいこと言った!?」
スライムは照れながら震えた。
「ちょっとだけ、わかるようになってきたんです……」
「いいじゃねえか。あいつ、そういうの好きだしな。」
コウモリが空を飛びながら叫ぶ。
「風、今日は南からです!」
「リッチ様、喜ぶかなぁ……」
火の玉がぼそりと呟いた。
「“理は群れる”って、リッチ言ってたよな。」
「うん。今、群れてんの、俺たちだよね。」
「……はは、そうだな。」
夕暮れ。
修理された風の名残号が、夕日に照らされて光っていた。
歪で、継ぎはぎで、でも前よりずっと美しかった。
「なんか……動く気がします。」
「気がする、で充分だ。」
火の玉が笑う。
「観測ってのは、そういうもんだろ?」
スライムが誇らしげに頷く。
風が吹いた。
翼膜が、ゆっくりと揺れる。
空が、少し近くなったような気がした。
夜。
リッチが帰ってきたのは、みんなが作業を終えた頃だった。
「ただいま。良い観測だった。」
「リッチ様! おかえりなさい!」
「人間はどうでした?」
リッチは少しだけ沈黙し、淡々と語った。
「死人を蘇らせたいという女に呼ばれた。
“死者の王”として、どうすれば愛する者を取り戻せるか、と。」
火の玉が小さく明滅した。
「……それ、怖い話の始まりじゃねぇの?」
「いや、観測の一種だ。
彼女は“生きている”という状態を取り戻そうとしていた。
私は屍操の仕組みを示し、骨の構造を再現してみせた。
心臓の位置も、血の通路も、丁寧に説明した。」
スライムが震えた。
「そ、それ、死体を動かしたってことですよね……?」
「ああ。美しかった。
正確に再構成すれば、生体も死体も違いはない。」
「いやいや! ぜんぜん違いますから!」
リッチは首を傾げた。
「そうか? どちらもただ、動く器だ。
理が通れば、生きている。通わなければ、止まっている。
それだけのことだ。
だが、泣いて帰ってくれと送り返されたよ」
火の玉がぼそりと呟く。
「……そりゃあ泣くだろ。」
リッチは肩をすくめ、滑走路を見渡した。
そこでは、屍たちがせっせと地面を均している。
「おお、いいね。仕組みが整っている。」
「屍が勝手にやってたんですよ。」
「勝手ではない。空への羨望で群れているのだ。」
スライムがぽつりと言った。
「リッチ様、もし次に飛べたら……喜びますか?」
「当然だ。理が空を掴む。それ以上に美しい観測があるか?」
「……よし。次も、やります。」
「うむ、立派だ。」
リッチは頷き、空を見上げた。
「理は、私のいないところでも動くのだな。」
火の玉が笑った。
「そりゃあ、“群れてんの俺たち”だからな。」
夜風が吹いた。
翼膜が微かに震え、空が揺れる。
それは、理の呼吸のようだった。




