第9話:少しだけ耳を傾けて_5
――ガチャッ。――キィィィィ――
バタバタバタ。
「たっだいまー!」
雪の大きな声が廊下に響く。まだ子どもの、少し高い良く通る声だ。
「お帰り、雪」
「ただいまママ!」
「ただいま、美代」
「おかえりなさい、俊君」
「ママ、つかさね、ねちゃ……だぁれ?」
雪が父に気付き、ピタッと足と止めるとジッと見つめた。不思議そうな顔をしている。気持ちはわかる。家に帰ってきたら、突然顔は知っているけれど多分知らない男性がいたのだ。私たちから、お客さんがくるとも聞いていないのに。こんなサプライズ、母だったら父の言う通りポックリいかないまでも、泡を吹いて卒倒していたかもしれない。
雪はよく父と遊んでいたし、家には写真もあるから顔を忘れてはいない。だから、すぐにじぃじに似ていることには気がついたはずだ。私は雪に『人は死んだらもう戻ってこない』と話している。ちょうど、父が亡くなった時に。
「……あれっ? あれれっ? あれぇ?」
雪は首を傾げている。……多分、誰なのか理解しているのだろう。けれど同時に、それがおかしいこともわかっているのではないだろうか。
父は少し考えた後、雪に話しかけた。
「雪ちゃんは、じぃじのこと好きかい?」
「……じぃじはすきだよ? じぃじ? そっくりなひと? じぃじ? だぁれ?」
やはり、雪から見てもじぃじに似ているのだ。
「うーん。雪ちゃんは、じぃじに会いたい?」
「パパのとこのじぃじは、こないだあったよ? ママのとこのじぃじは、しんじゃったからもうあえないんだよ?」
「もう会えないと思う?」
「あえないでしょ? だって、ゆきバイバイしたんだもん。ママもいってたよ? 『しんじゃったらもうあえないんだよ』って。だからあえないんだよ?」
「会えたら、嬉しい?」
「うれしい! もう、じぃじうまれかわったのかな? ゆきね、じぃじとまたかくれんぼするの! だから、うまれかわったらあいにきてほしいな! いっしょにかくれんぼして、それからつかさとあそぶの! あのね、つかさ、いっぱいわらうんだよ?」
「……おぉ。そうかそうか……」
なんだか泣きそうな声で父が返事をする。父も、また雪と遊びたいと、思っていてくれていたことがよくわかった。……孫に『会いにきてほしい』と言われることを、望んていたのだろうか。そうして父は、雪に優しく微笑んでゆっくりと近付くと、そっとその頭を撫でた。
「じぃじ、まだ生まれ変われていないんだ。でもね、神様が、また雪に会えるように、少しだけ時間をくれたんだ。おじいちゃんが、その【じぃじ】だと言ったら、雪は信じてくれるかな?」
「……ほんとう? ママ」
雪はビックリした顔で私を見た。でも、そこに怖いだとか、気持ち悪いだとか、そんなマイナスな感情は見られない。ただ『もしそれが本当だったら、じぃじと遊んでも良い?』と、むしろ嬉しそうな、ワクワクした顔をしている。心なしか、もう既に身体が父のほうを向いているようにも、すぐに歩み寄れるよう身体を揺らしているようにも見えた。
(いいなぁ、子どもって素直で)
「ママもね、ビックリしたんだけど。どうも、じぃじ、みたいなんだよね」
私は、笑って雪にそう答えた。
「……しんじていいの? ほんとうに?」
「雪、またじぃじと手を繋いで、一緒に買い物に行ってくれるかい? ホラ、じぃじが一人で歩くと危ないって、雪はじぃじの手を引いて一緒に歩いてくれただろ?」
「……」
少しだけ、ぽかんとした顔をする。
「雪、前はお店でかくれんぼしてたけど、今度は公園でかくれんぼしような。広いから探すのは大変だぞ?」
何かを理解して、雪の表情がパァァァアっと明るくなる。
「じぃじ!」
「雪、元気だったか?」
「げんきだよ! じぃじは? げんき⁉︎」
「じぃじは死んでるからなぁ。でも、いつもみんなのことを見ていたよ」
「ゆきのことも?」
「勿論だ。この間、授業中に沢山手を上げて、先生に褒められてただろ? 頑張ったな」
「わーお。じぃじそうだよ! なんでしってるの⁉︎ エスパー?」
「そのご褒美に、チーズケーキ買ってもらって食べただろ?」
「そうだよ! なんでなんで?」
「じぃじの特権かな?」
「……んー? でも、なんでじぃじはしんだのにここにいるの? ゆきもあいたかったよ? あいたいとしんでもいきかえるの?」
「ちょっとだけね、神様がじぃじの身体を作り直してくれたんだよ」
「そんなことできるの⁉︎」
「じぃじがね、死んだんだけどね、どーしてもどーしても、やり残したことがあってどこにも行きたくなくてね。そしたら神様が『しょうがないなぁ。いいことしたし、身体を貸してあげるから、そのやり残したことを終わらせてね』って、ちょっとだけ貸してくれたんだよ」
「かみさまって、ふとっぱらだね!」
「あぁ。そうだね。じぃじもそう思うよ」
子どもの柔軟性に驚かされる。私は自分の父でも、そこまで早くは受け入れることが出来なかったのに。羨ましい。そして、まだ雪が父と一緒に遊んでいたことを覚えていて、また一緒に遊びたいと、そう思っていたことを嬉しく思った。雪にとって、まだ忘れるようなことではなかったのだ。