第5話:少しだけ耳を傾けて_1
「何飲みますか?」
「じゃあ……ミルクティーできるかな? ホットの」
「できますよ。美代、この間買ったディンブラ、開けちゃっても良い?」
「……うん」
男性を席に促すと、俊君は紅茶を入れ始めた。
(そういえば、お父さんよくホットミルクティー飲んでたな……)
私も席につき、チラリ、と男性のほうへ目をやった。彼は落ち着かないのか、キョロキョロと辺りを見回している。
「雪と……下の子はどうした?」
「預けてます。母のところに」
「……そうか」
残念そうな顔して、それでも男性は笑った。
(うーん、困ったな)
私と男性の二人では、会話が続かない。俊君が横にいれば別なのかもしれないが、あいにくまだ紅茶を入れている途中だ。ハッキリ、私が父だと信じることができれば、懐かしい話に花を咲かせられるかもしれない。でもまだ信じられない私は、なんにも話題を振ることができなかった。
(って……あれ!)
私は気付いたのだ。この男性が、さらっと雪の名を呼んだことに。表札には、苗字しか書いていない。
(そういえば、昨日も雪って言ってたよね……? あれ? 何で? 何で?)
「美代は今も、砂糖を入れないのか?」
「えっ? ……えぇ」
「そうか。おとうさんは甘いのが好きだからな。つい入れ過ぎちゃうんだよな」
驚いた、私は紅茶にもコーヒーにも砂糖やシロップは入れない。ミルクだけ入れて、コーヒーはほろ苦さを、紅茶はスッキリ感を残しているつもりだ。甘いものは好きだが、紅茶とコーヒーは甘くないほうが好みである。でも、フレーバー付きは好きだ。香りは楽しみたい。
『今も』という言葉は、昔を知っているから出てくるはずだ。初対面ならわからない。……信じさせるために、わざとそういう言い方をしただけかもしれないが。
「お待たせしました。お義父さんどうぞ」
「おぉ、ありがとう」
「美代も」
「うん、ありがと」
俊君は男性の目の前にホットミルクティーを置くと、スティックシュガーを二本添えた。
「よく覚えてるね。あぁでも、この身体は、どんな不具合が起こるかわからないから、砂糖は少し控えているんだ。……あれ? それとも、カフェイン辞めないといけないのかな? ま、ちょっとくらい良いだろう。一本はもらうよ。やっぱり、甘いほうが好きだからね」
「じゃあ、使わない分は僕がもらいますね」
「あぁ」
差し出された二本のうち一本を、俊君のソーサーに置いた。
(どうしたら良いんだろう……)
私は自分の態度を決めあぐねていた。
「いただきます」
そう言って、男性は砂糖を入れたミルクティーのカップの縁に口をつけた。私はミルクを注ぎ、ゆっくりとかき混ぜて冷ます。
「……ふぅ。温かくて美味しいね」
優しい笑顔を見せる男性に、私は無意識に生前の父の姿を重ねていた。重ねたところでなにも変わらない。容姿としては。
「なぁ、美代」
「えっ、な、なんでしょう」
「どうしたら、おとうさんだって信じてくれるかい?」
「……それは」
難しい。今までの台詞を聞いていたら、本当に父なのではないかと思えてしまう。しかし『父だ』と言われて、簡単に『はい、そうですね』と認めることはできない。もしこれが悪戯で、私を、私たちを騙そうとしているのならば、受け入れてしまったことにのちのち後悔するだろう。
生前、とてつもなく父と仲の良かったかつ、父のことをよく知っていて、見た目も驚くほどそっくりな人かもしれない。そうじゃなくとも、目的はわからないが、父のことをくまなく調べて、父のフリをしているのかもしれない。やる価値があるのかは知らないが、整形という手段もある。
違っていた時のことを、騙されていた時のことを考えたら、怖くて認められないのだ。
「じゃあ、もし。美代のこと、家族のことで他の人が知らないことを、おとうさんが答えられたら。信じてくれるかい?」
「……急には難しいかもしれないですね」
「ゆっくりで良い。ただ、折角、もう一度こうして会うことができたんだ。この時間を、大事にしないか」
「そんなこと言われても……」
「あぁ、ごめん。そうだよな。昨日の今日だし、いきなりだからダメだよなぁ。おとうさんが急かしすぎなんだよな、美代のこと。……でも、この先ずっと時間があるわけじゃなくてなぁ。一度死んだ身としては、どうしても勿体なくてなぁ」
胸が、ズキズキと痛んだ。
まだまだ、父と話したかったことは沢山あった。出掛けたかった場所も、食べたいものも。それでも、この混乱した頭では、深く考えることができなかった。
「それなら、私が質問します。それに、答えてください」
「おとうさんが知っていること?」
「……そうですね。私の本当の父なら、生まれた時から一緒に過ごしてきた父なら、答えられると思います」
最近の話じゃなく、もっと昔の話だったら。いくら父と仲が良くとも、父のことを調べていたとしても、知ることは難しいだろう。
――わかっている。我が家、実家には、大した財産も無ければ、ほしがられるようなモノも無い。取り入ったところで、プラスになるものはなにもないのだ。
ただ私が信用したいがために、父として信頼されたいだろう、父であろうとする赤の他人に、父しか知らない答えになる質問をすることにした。