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第4話:思わぬ来訪者_3


 ……次の日はすぐにやってきて、まだ肌寒い中、私と俊君はマンションの前であの男性を待った。


「……くるのかな」

「くるんじゃないの? 本当にお義父さんなら」


 俊君はあっけらかんと答えた。


(……何だか緊張するな)


 ドキドキする私とは反対に、俊君は大きな欠伸をしていた。何も問題ないと言わんばかりに。緊張感がない……わけではないのだろうが、俊君は生前の父を迎える時と変わらないように見える。


「……美代!」

「……あ」


 少し遠くから、手を振って走ってくる人がいる。昨日の男性だ。私を引き続き【美代】と呼び、近づいてきたその表情は、笑顔が溢れていた。またあの父の顔で笑っている。


「あの人?」

「うん」


(……やっぱりどう頑張っても、お父さん本人にしか……見えないよ……)


 思わず、笑顔で手を振り返すところだった。でも父なわけがない。私は出しかけた手を引っ込めて、様子を窺った。


「えーっと……」

「こんにちは」


 しれっと、笑顔で俊君が挨拶する。


「おぉ! とっしー君じゃないか! 元気か? わざわざ悪いね、お出迎えありがとう」

「……えぇ、お義父さん。元気ですよ。ご無沙汰してます」


(……えぇ!?)


 俊君は極々普通に、父と名乗った男性と会話をし始めた。しかも、笑みを浮かべて。ご無沙汰している、なんて、どうしたらそんな言葉が出てくるのだ。そのうえ、しっかり【お義父さん】と呼んでいる。私は【お父さん】と呼べないのに。


「まだまだ朝夜は肌寒いなぁ」

「そうですね。あぁ、でも、そろそろ初夏の陽気になりますよ」

「春は短いな。すぐに夏だ」

「四季がなくなっちゃいますよね」

「昔に比べて、随分夏は暑くなったなぁ」

「外で遊べなくなっちゃいましたね、子どもたちは」

「いかんせん、日差しが強いからな。焦げちゃうだろう」


 世間話をしている。そこに違和感はない。


(えっ、えっ? ……何で普通に話できるの?)


 私は一人取り残された気分になった。


「まぁ、立ち話もなんなんで、部屋にどうぞ」

「良いのか? ……でも、美代が……」


 男性は、私のほうを申し訳なさそうな顔でチラリと見た。


「……俊君がいいなら、良いよ」

「……悪いなぁ」


 そう言いながらも、顔はまんざらでもなさそうだった。俊君が良いと言うならば、何か理由があるのだろう。それならば止める理由はない。私はそれに従うことにした。


 三人で乗るエレベーターは沈黙だった。だが、不思議と気まずくはなかった。


「ただいまー」

「お邪魔します」

「たたいま」


 ガチャリとドアを開け、部屋に入る。


「おとうさん、先に手を洗うね。洗面所借りるよ」


 そう言うと、男性は迷うことなく洗面所へと入って行った。


(……本当にお父さんなの?)


 父は、この家に何度かきたことがあった。だから、父本人だというのなら迷うことなく向かってもおかしくない。が、我が家は特に変わった間取りではないから、わかったのかもしれない。


「ねぇ、俊君」

「何?」


 ジャージャーと水を流す音が聞こえる。あの男性がいない間に、俊君に聞いておきたいことがあったのだ。


「……何で、俊君はあの人がお父さんだと思ったの?」

「え?」

「俊君、普通にお義父さんって呼んだじゃん。どうして?」

「あー、だってさ」

「うん」

「俺のこと【とっしー君】って呼んだじゃん?」

「……あ」

「面白いよね。あだ名に君付けするなんて。俺のことあの呼びかたするの、美代のお義母さんとお義父さんしかいないよ」


 確かに、その二人しかそうやって呼んでいるのを聞いたことがない。俊君がそう言うのなら、俊君自身の周りにもその呼び方をする人はいないのだろう。正直、最初は変な呼び方だなと私は思ったが、別に言わなかった。聞いていると段々慣れて、親しみすら感じた。


「それになんか、喋り方も一緒だよね」

「……それは思った」

「声もなんかすごく似てる気がする。……って、美代からしたら、同じ声なんだもんね?」

「うん。全く同じ声に聞こえる。お父さんの声だよ」

「何の話だ?」


 手を洗い終えた男性が話しかけてきた。


「あ、いえ、何でも」

「そうか? あぁ、あれ。懐かしいタオル、まだ使ってたんだな」

「……どれ?」

「バスタオル。薄緑色の」

「懐かしいって……」

「雪が赤ちゃんのころ、よくあのタオルに包んで、おとうさん抱っこしただろう? おとうさんがあげたやつだ。柔らかくてふわふわで、良いタオルだった。だからかよく雪も寝たよなぁ。夜明けが多かったな、すぐに目を覚ます子だったもんなぁ。……おいおい、何だ、覚えてないのか?」

「……覚えてるよ」


 ――勿論覚えている。とてもよく。雪は中々寝てくれない子だったが、父に抱っこされるとすぐに眠った。あのタオルに、よく巻かれていたのは確かだ。それが羨ましくて、私もあの薄緑色のタオルに包んで雪を抱っこしたが、私だと全然寝てくれなかった。父の寝かしつけが上手かったんだと思う。なんせ歴が違う。……それをいつも、羨ましく思ってたっけ。


 ――しかしなぜ、それを知っているのか。


(……まだ、まだ信じちゃダメ)


 私は、この父と名乗る男性をよく観察することにした。気持ち的には、信じたいほうに大きく傾いている。でも、有り得ないことを簡単には信じられない。落胆したくない、傷付きたくない。そのためには、この男性ではなく、自分を信じることが一番なのだ。

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