第31話:父の料理_6
私は心配していた。何かしら母が感じ取っているのではないか、と。正直、鈍感なのか敏感なのかわからない。鈍いな、と思う時もあれば、何でそこに引っかかるの? と思う時もあるからだ。家を出るまで一緒に暮らしていたのに、未だに母のことは測りかねる。
下手に刺激して全部嫌! と言われてしまっては敵わないし、私は今まで以上に言葉を選んで接することにした。
「あっ! さっきより良い匂いがしてきた! ね、ね⁉︎」
「姉ちゃん、そんなに角煮好きだったっけ?」
「好きだよ! めちゃめちゃ好き! あの甘くてトロッととろける脂身に、箸で簡単にほぐれる赤身でしょ? それから、味の染みた卵と大根。全部が主役だよね。すーごいご飯が進むじゃん? 卵は味染み込ませたいから、固茹でになっちゃうんだけどね。半熟でも絶対美味しいよね! 黄身がお肉に絡んで、ちょっと優しい味になるのよね。あー、温泉卵でも良いかも」
「そんなに熱弁しなくても」
呆れたのか、コウが笑っている。
「好きだった? って聞くからよ!」
「わかったって。俺も好きだけど、全然俺より熱意があった。……あ、今回のクッキー、抹茶いつもより濃いね」
「あ、うん。いつも買ってる抹茶パウダーがなくて、違うやつにしたんだよね。グラム数は同じだったと思うんだけど」
「こっちのほうが、味濃くて抹茶って感じがする。苦味も気持ち強い気がして」
「好評そうで良かったわ」
よくよく見たら、コウがほとんど抹茶を食べてしまったらしい。父が好きだからと思って今回多めに焼いておいたのに。母は抹茶味はあんまり食べない。雪も食べないし、俊君はこういうとき空気を読んで、一番枚数の減っていないものに手をつける。父的に、紅茶の茶葉を使ったクッキーはさほど好みではないのか、あまり手をつけていなかった。
「私は、この紅茶のクッキーが好きですね。香りが立っていて、美味しいです」
「ありがとうございます!」
そんなことはなかった。口にあったらしい。前も父は私のクッキーを褒めてくれたが、やはり何回言われても嬉しいものだ。思わず顔が綻ぶ。そういえば、いつも好きなものは後に残していたっけ。私もそのタイプだ。母とコウは好きなものを先に食べる。
「それに……このフルーツティーも美味しいね。どの果物も、甘酸っぱさが口いっぱいに広がって、本当に紅茶と相性が良いね。紅茶の渋みも深みもしっかり残っていて、とても美味しくいただけるよ」
私は、一口飲んで結局ガムシロップを入れなかった。それでも十分な甘さがあると感じたからだ。元々、コーヒーも紅茶もノンシュガーで飲むほうが多い。父は先ほど一つ入れていたが、その状態で果物の甘みが際立つとはすごい。
確かに紅茶と果物を同時に口に含み、果肉を歯で砕くと、ふわりと果物の香りと甘みが紅茶に広がる。砂糖のようなハッキリとした甘さは当然ないが、私にとってはこれで十分だった。
事前にどの紅茶が合うかチェックして、ニルギニのストックを増やしておいて良かった。今後フルーツティーを作る時も、同じようにしよう。多分コスパは良くないし、作るのも少々面倒ではあるが、飲む側の気分は上がる。
父が気に入ってくれたことで、俊君も嬉しかったのだろう。父に二杯目のおかわりを聞いていた。二杯目をグラスに注いだ時、またガムシロップを二個置こうとしたが、次はちゃんと『何個にしますか?』と聞いていた。返答の結果、今回は一つも置かなかった。きっと父も、ガムシロップを入れずに飲んでみたくなったのだろう。
「それ、ゆきものめる?」
「んんんー……ゆきにはちょっと早いかもよ? ……飲んでみる?」
「のみたーい!」
目を輝かせた雪に私はグラスを渡した。
「……べぇぇ……。……えぇー⁉︎ あまくないよ⁉︎ にがいよ⁉︎ なんで⁉︎ こんなにたっくさん、くだものはいってるのにー‼︎」
「あはは、やっぱりちょっと早かったかな?」
「いーってかおになる! いーって!」
そう言いながら、目いっぱい口を横へ広げて、歯を食いしばるような表情をしてみせた。目が見開いている。我が娘ながら面白い顔だ。
「渋みはちょっと出ちゃうかな? お茶だもん。ママは気にならないけど、雪は紅茶飲まないしね。ママがいつも飲んでるミルクティーのほうが、まろやかだけどもっと甘くないよ?」
「ゆきオレンジジュースのほうがいい!」
「おかわり入れておこうな」
人が飲んでいると、やはり自分も飲んでみたくなるのだろうか。私のフルーツティーが口に合わなかった雪は、オレンジジュースを俊君にくんでもらっていた。
「あっ、パパー! アイスもおかわりー!」
「今日はよく食べるなぁ」
「ママのつくったアイス、おいしいんだもん。ゆき、いくらでもたべられちゃう」
そう言ってもらえると、やはり作る甲斐がある。
「やだありがとう」
「まいにちつくって!」
「毎日はちょっと……。かなり面倒だし……」
「ぶー!」
気合を入れて、アイスクリームもお手製だ。あとは、俊君がパウンドケーキを焼いてくれている。……角煮の味見をする前に、お腹がいっぱいになるかもしれない。
時間は刻々と過ぎていって、話してみればなんのその、無難に時間を過ごすことができそうだ。喋って少し乾いた喉を、私はまたフルーツティーで潤した。




