第3話:思わぬ来訪者_2
「……ただいま」
「お帰り美代」
「おかえりママ!」
パタパタと出迎えてくれる雪と俊君。そして、俊君の腕の中であうあうと笑う司。
「アイス安かったから、沢山買ってきちゃった。みんなで食べよ?」
「わぁい! ゆきのすきなチョコアイス?」
「そうだよ」
「やったぁ!」
「なんと! 明日の分もあります!」
「え!? やぁぁぁっったあぁぁぁぁ!!」
嬉しそうにクルクルと回る雪を見て、俊君が笑った。しかし、私と目が合ってその表情をすぐに変えた。
「……どうしたの? 浮かない顔して」
「うーん、ちょっと、ね」
買ってきた食材をしまう。俊君がプレイマットに司を転がすと、嬉しそうに吊るされたぬいぐるみで遊び始めた。最近、おもちゃで遊ぶことが増えてきた。笑うことも増えて、可愛い声をこれでもかというくらい聞かせてくれる。
「アイス、食べよっか」
「ゆきがもってく! まかせて!」
私の手からアイスを奪うと、雪は三個その中から取り出し、テーブルに並べた。
「あっ、ママみて? ゆきいまコレみてたんだよ。かわいいどうぶつひゃくれんぱつー! かわいいよね? ね?」
テレビには、とても愛らしい子猫が映っていた。
「ふふふっ。可愛いね」
「でしょ? でしょ?」
雪は自分の分のアイスを手に取ると、テレビの前のソファに座り、その封を開けて中のアイスを食べ始めた。
「んー! おいしー! ママありがとー!」
「どういたしまして」
シャクシャクとアイスを食べていく。目をキラキラと輝かせてアイスを食べる雪は可愛い。そこに自分の宝物があるみたいで、我が子のニコニコしている姿は尊いものだ。
「……ちょっと、それでどうしたの?」
アイスの封を開けながら、俊君は私に聞いた。
「いや、えっと。……難しいなぁ」
「何が?」
「表現が」
私は、さっきあった出来事を俊君に話そうとした。が、説明が難しい。私がまず理解しきれておらず、信じられてもいないから。
(……このまま正直に言ったとして、こんなふざけた話信じてもらえるものなの……?)
思わず眉間にシワが寄る。
「取り敢えず、話してみたら?」
「……突拍子のないことでも、聞いてくれる?」
「まぁまぁ。まずは話してみなさいな」
椅子に座り、私は自分の分のアイスを手に取った。封を開け少し齧ると、口の中に広がる、チョコレートの甘味。私と同じようにアイスを齧ると、俊君は冷たそうな顔をした。
「うー……いやね、帰り道、おじさんに会ったのよ」
「おじさん? 知り合い?」
「ううん。全然知らない人」
「……それで?」
「その人がさ、道の向こうからこっちのほうに向かってきて、私を見て『お父さんだよ』って言うのよ」
「んん? どういうこと? 美代ってお父さん二人いたっけ?」
「いいや? 一人だけ」
「えっ、それで、どうしたの?」
「どう考えてもおかしい人だなって思ったんだけど、そこからまた変なこと言うのよ」
「なに?」
「私さ、司妊娠したの、お父さんに伝えたって言ったじゃん? 亡くなる前日に」
「うん」
「それをさ、知ってたのよ」
「たまたまじゃなくて? 適当に言ったとか」
「そんなこと、適当に言って当たる?」
「……まー、可能性は低いかな」
「桜見たかったけど見られなかったとか、雪お姉ちゃんになれたね、とか。もうさ、とにかく混乱ですよ」
「信じたの?」
「……信じられないけど、本当にお父さんなら、良いなって思った」
「うん」
「ちょっとさ、涙ぐんでたんだよね、その人」
「……うん」
「だから、信憑性が無いこともないって言うか、だったら嬉しいのにな、って言うか」
「そうだったんだ」
「しかもね、見た目が生前の父なの。父そのものなの。声も、話しかたも、ちょっとした仕草も、存在が全部」
「それはまた……」
「他人の空似っていうには、似すぎててこっちがビビっちゃうくらい。だから、なんていうか……変な人なのに無碍にできなくて。お父さんなんだもん。目の前にいるの」
そうだ。私は、信じられないながらも、心の中ではあの男性が父ならどれだけ良いかと思っていた。父が生き返ることは有り得ない。重々承知している。だから、二度と会うことはできない。はずなのに、それが覆される。
会いたかった。話したかった。残された時間では、全然何もかも足りなかった。
「その人、家に呼んだら?」
「……は?」
「あ、えっと、不審者にしては、変なアプローチの仕方じゃない?」
「それは……そうだけど……」
「雪と司は会わせられないけど、俺も会ってみたら、何かわかるかもしれないし」
「……俊君柔軟過ぎんか?」
「そう? お父さんなら、夢があって良いなと思っただけだよ」
警戒心がなさ過ぎるのかもしれない。……いや、違う。きっと、私の気持ちに配慮してくれたのだろう。
(優しいな……)
私はアイスを無言で食べ切ってから、話を続けた。
「……明日の十三時に、マンションの下にくるって言われてるの」
「そりゃまた随分急だね」
「無理にこなくてもいい、でも、ちょっとでも信じてくれるなら、会ってほしいって」
「じゃあ、雪と司は、美代のお母さんに預かってもらって、俺たちだけ会ってみる?」
「良いの?」
「良いよ」
「やばい人だったら?」
「……警察にすぐ通報できるようにだけしておこうか」
こうして、いとも容易くあの父を騙るおじさんとまた会うことになった。