第21話:父と息子_3
ピーンポーン――
「はーい」
『おとうさんだよー』
「はーい!」
マンションのオートロックを解錠する。
「……は? 自分で【おとうさん】なんて言ってんの?」
「だって、お父さんだもん。お父さんって自分で言うでしょ」
「……はぁ」
「……会えばわかるって。コウも」
「……」
大きく溜息を吐くコウは、信じられないといった様子だ。目を開いて、首を振っている。呆れたのかもしれない。
「紅茶、準備しても良い?」
「あ、お願い。またミルクティーで良いと思う。砂糖は一本ね」
「はいはい。浩一君は?」
「それじゃあ、オレンジジュースで」
「雪もオレンジジュースで良い?」
「うん!」
テキパキと、俊君が飲み物の準備を始める。私は雪にお菓子の準備をお願いすると、司を抱いて玄関へと向かった。鍵を開け、父がエレベーターで昇ってくるのを待つ。
エレベーターから出てきた父は、手を挙げて挨拶代わりにすると、すぐに司を見て、ニコッと笑った。
「元気かー? 司」
「この間も会ったじゃん」
「このころは、すぐに大きくなるだろう? だから、もうほぼ平時の挨拶だよ。あっという間だからな、子どもの成長って」
「元気だよねー? 司」
「んあぁぁい!」
「はっはっはっはっ! 良いなぁ、赤ちゃんは。見てるだけで元気になれそうだ」
「ホント、可愛いよねぇ」
父に頭を撫でられ、手足をバタバタさせながら笑う司。それを見て、父はまた頬を緩ませた。
「……浩一、わざわざ来てくれたのか」
「うん。……私の話は、信用はしてないけどね、全然」
「そりゃあそうだよなぁ。おとうさんだって、もし浩一やら美代が死んだのに会いに来たら、一瞬では信用できないかもしれないしな」
「最終的には?」
「信用するさ。だって、自分の子どもなら、どんな姿だって会いたいと思うのが親心ってもんだろ?」
「……そうかもしれないね」
「それが幽霊だろうが生まれ変わって犬になろうが虫になろうが、象徴があるなら信じるさ」
「犬とか虫は喋れないよ」
「そうだけど、ホラ、例えばずっとくっついてるとかさ」
「ふふっ。もし蚊だったら、すぐに潰されちゃいそう」
「あっ、そうだな、ダメだなこりゃ。おとうさんすぐ蚊に刺されるからな、潰しちゃうな」
「虫以外だね、うん」
「はっはっ、そうだな」
父の言いたいことはわかる。もし子どもが先に死んでしまったら。考えたくないが、私がもし――もし――先に雪や司を失うことになったら。きっと、父と同じように思うだろうことは、今の時点でもうわかっている。
「とにかく、中入ってよ。……待ってるよ」
「……あぁ。そうだな」
父を玄関に通し、私は背を向けた父にわからないように深呼吸をすると、手を洗い父を連れてリビングへの扉を開けた。
「来たよ、コウ」
「あ……あぁ……?」
「よう、浩一。元気だったか?」
「……マジで……? 嘘、だろ……?」
驚くとは思っていた、父の顔を見れば。コウの顔には【どうしてまさか父がここに?】と書いてある。しかし、亡くなった父と目の前にいる父を結びつけることができないのだろう。まだ、あくまで『容姿の似ている人』レベルなのだ、信用はない。ここから、どう出るか、どう話すかでこの先が変わる。認められれば父は父だし、そうでなければ似ている人で終わる。……そうならないように、父には頑張ってほしいのだが。勿論、私も頑張るに決まっている。
「おとうさんだよ、浩一」
「いや、まぁ、姉ちゃんから聞いてますけど。信用できなくて」
「だよなぁ」
「えっと、私たち、十分だけ寝室に消えるから。その間、コウとお父さんで、昔の話してよ」
「あー、何だっけ。俺と親父しか知らない話するんだっけ?」
「うん。十分なら良いんでしょ? お父さん、お願い」
「あぁ、わかったよ」
「内緒話もあるかもしれないし、余計な口も挟みたくないから、話が終わったら声かけて」
「飲み物とお菓子はご自由に」
「ごじゆうに!」
「ありがとう。……浩一と二人っきりで話すなんて、どれだけぶりだろうなぁ」
何か言いたそうなコウと、早々に椅子に座る父を置いて、私たち家族はリビングを後にした。
話が聞こえないように寝室の扉を閉め、司をベッドに寝かせる。
「ねぇねがあそんであげるね、つかさ!」
「きゃぁあはは!」
「うっかりフン踏んづけないようにね⁉︎」
「わかってるよぉ」
司は、お姉ちゃんが大好きだ。お姉ちゃんが笑えば司も笑い、変な顔をすればそれも笑う。朝、司が起きている時に『いってきます』と声をかければいなくなるまで目で追うし、『ただいま』と声をかければ、手足をバタバタ動かして、良い笑顔で笑うのだ。
雪は、赤ちゃん返りしなかった。年齢は関係ないと思う。自分なりに折り合いをつけ、お姉ちゃんになろうとしている雪は凄い。
「……大丈夫かな、お父さん」
「なるようにしかならないけどね。多分、大丈夫だと思うよ?」
「その心は?」
「あるでしょ、きっと。美代のときみたいに、二人だけでしか共有していない思い出が」
「……そう思ってるんだけどね」
たった十分、されど十分。今まで感じたことのないこの時間は、神に祈るような気持ちで過ごすことになった。




