第13話:待望の時間_4
「このタオルに包まれるのが好きで、よく眠るんだと思ってたあと、お父さんの抱っこの仕方」
「それもあるかもしれないけどな。大半はおとうさんの歌だな」
得意げに言うと少しだけバウンサーを揺らして、父は席へと戻っていった。あの歌は、雪の時にも歌っていたけど、少し調子が違うような気もした。聞くたびに違う、それはつまり、父の言う通り私には真似できないということだ。少々悔しい。
寝かしつけた父は笑顔だ。司に会えたことを喜んでいると、そう思って良いのだろうか。
「司もじぃじの抱っこと歌で、よく眠ってくれそうだな」
「そうかもしれないね。また泣くようだったら、何度だってお願いしたいよ」
「おとうさんがいる時だったらね」
「最近、よく泣くの。お腹空いてるのかな。それか、眠たいのか」
「元気があり余ってるんじゃないのか? 発散できなくて、もっと遊びたいけどまだまだ身体も思うようには動かないし、じれったくて。ちょっと大きくなってきただろう? なのにまだ、自分のやりたいようには身体がついてこないんだ」
「あ、それはあるかもね」
夜中に泣くことは少々減ったものの、微妙な時間、例えば私たちが夜ご飯を食べる時間に泣くことが増えた。初めは黄昏泣きだと思っていたが、ちょっと時間が中途半端な気がしている。メンタルリープも怖いというのに、赤ちゃんという存在は一人目でも二人目でも、きっと三人目でも、これが正解だと思うような回答に出会えないまま、育てていくことになるのだろう。
「身体が思うように動かないってのは、イライラするんだよなぁ。それで、情けなくなる。ま、司は情けなくならないだろうけどな。今はまだ、動けないことが当たり前なんだから」
(亡くなる前の話、だよね。そう思ってたんだ……)
父を見ていると、自分が子どもの時のことを思い出す。覚えていることは多くはないが、子煩悩だった父はよく私たち子どもと遊んでくれたし、旅行にも連れて行ってくれた。当時は珍しかったかもしれないが、ご飯もよく作ってくれたし、学校の行事にも参加してくれた。
そういう面で、俊君は少し父に似ているのかもしれない。結婚してからちょっと、そういうところが父に似ていると思っていた。顔や雰囲気は似ていないが。なんとなく、父親としての部分が似ている。
「そうだ。今日の司のお風呂、お義父さんに入れてもらったら? これでお義父さんに司を入れてもらったら、お義母さんが言ってた『司をお風呂に入れたかったはず』が叶うんだろ?」
「……ふふっ。その話ね、俊君が雪と司迎えに行ってる時、もうお父さんとしてたのよ。入れてもらうつもり。今日はね」
「美代に良いって言ってもらったんだ。とっしー君にも、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「話が早い!」
父が喜ぶなら、父の存在がこの世にあるうちに、やりたいことはなんでもやらせてあげたかった。そして私自身、後悔したくないという気持ちも大きい。だから、父のやり残しをクリアにすることが、私も後悔しない道となる。
(俊君も、同じ気持ちだったのかな……)
そう考えると、何だかむず痒い感覚になりつつも、嬉しさが込み上げてきた。俊君も、そんな風に考えていてくれたのだ、と。
夜ご飯は寿司をとることにした。今日はなんだか、一気に疲れた気がする。父に手料理を振舞っても良い気もしたが、デリバリーが一番楽だし何にも考えなくて済む。好き嫌いも時間も出すタイミングも。各々好きなネタをたらふく頼み、到着するとみんなでテーブルを囲んだ。
「お父さん、好みってそのままなんだね」
「あぁ。なんだかんだ身体が違うだろうから、ちょっと変わるかと思ったんだが。やっぱり写真を見て、頼みたいって思うものは変わらなかったな」
マグロ、ウニ、イクラ、ブリ。鉄火巻きにトロ、ホタテに赤貝。魚介類はなんでも食べる。父は肉より魚が好きだった。
「私のネギトロ、あげる」
自分の分のネギトロを父に差し出したが、父は受け取らない。
「いや、美代が食べなさい。おとうさんは良いよ」
「……子どもの時さ、覚えてる? お正月、出前とってさ、お寿司の。それで、その時ネギトロをさ……」
「ネギトロか? ……あ。床に落としたやつか?」
「そうそう。私、ちっちゃいころ箸持つのが下手くそでさ」
「床に落としてギャン泣きして、おとうさんのネギトロあげたなぁ」
「今さらながら、お返しです」
「……ははっ。そういうことなら、ありがたくいただいておこう」
「良かった」
「あれはめちゃめちゃお母さんに怒られたよな。ラグの毛に入り込んで、全然取れなくて」
「うん。お父さんが庇ってくれたけどね」
ほんの小さなことかもしれない。でも、私にとっては今までできなかったことが、したくてもできないと思っていたことが、できるチャンスなのだ。ネギトロのお返しは、ネギトロで。父だってきっと、あの時食べたかったに違いない。床に吸い込まれたネギトロは、母のお気に入りのラグを見事に汚し、結果クリーニングへ出すこととなった。母はものすごく怒っていて、私はそれが怖くて泣いていたっけ。申し訳ない気持ちと、恐怖が入り混じった状態で。
「さて。司も起きたし、お風呂に入れるかな?」
父は自分の目の前のお寿司を食べきると、嬉しそうにそう言った。




